早稲田大学博士論文不正問題早稲田大学博士論文不正問題とは、早稲田大学が認定した博士論文における改竄・盗用・自己盗用といった科学における不正行為、及びその疑いによる調査や、それらにより生じた様々な問題である。 2013年には公共経営研究科において、中国人留学生の論文盗用・剽窃が告発され、初の学位返還という事態に至った[1][2][3]。 2014年には刺激惹起性多能性獲得細胞関連論文の疑惑発覚に伴い、小保方晴子の博士論文において序論や画像、参考文献などで問題が発覚。さらに先進理工学研究科が認定した280本全ての博士論文においても調査を行う事態となった[4][5]。しかし、早稲田大学が設置した調査委員会は「取り違いによって作成初期段階の草稿が製本され、それが博士論文として大学に提出された」という小保方の主張を真実と認定した上で、「製本された論文を前提とすれば、学位を授与すべきでなかったが、大学の審査体制の不備で、いったん、授与してしまった以上は、大学で定められている『取り消し規定』に該当しない限り、取り消しはできない。今回のケースは、その規定に該当しない」との結論を出した[6][7]。調査委員会の結論は大学の内外に波紋を広げ、早稲田大学、さらには日本の学位全体の信用問題として注目を集めることになった[8][9][10][11][12]。後に、早稲田大学は調査委員会の結論を受け入れず、猶予期間を設けたうえで小保方の博士号を取り消す決定を行った[13][14]。 2023年には国際教養学部の女性助教の博士論文を含む複数の論文で改竄などの研究不正が認定されたことを読売新聞が報じた[15]。この女性助教の博士論文は女性助教が教育学研究科で大学院生兼助手[16]であった当時に執筆し、2020年に教育学研究科から学位が授与されたものであった[17]。早稲田大学は研究不正を認定したことを2024年3月27日に公表し[18][19]、博士学位は取り消さず当該博士学位を授与した教育学研究科において、博士論文訂正の機会を与えるとした[18][20]。その他の不正が認定された研究成果については、大学および調査委員会は女性助教に対して撤回勧告をしたものの[18][19]、大学は学外の学術誌の編集委員会の判断によっては論文を撤回せず修正で済ますことも認めるという立場を示した[18]。 公共経営研究科の事例疑義の発覚と調査早稲田大学大学院公共経営研究科に在学していた中国人留学生は、「近代立憲主義の原理から見た現行中国憲法」という博士論文を執筆し、2010年9月15日に学位を受けた。また、同年には論文と同内容の書籍も出版されていたが、2011年8月と2012年10月に研究科に対して匿名の告発が行われる[1][3]。更に2013年2月に早稲田大学に対して告発があり、大学は内部調査を開始[1]。最低でも64か所に不適切な引用が見られ、そのうち12ヶ所については本人も盗用であることを認めた[1][3]。 調査結果と学位取り消し2013年9月に調査報告がまとまる。調査結果を受けて、9月25日には研究科の運営委員会で、10月18日には早稲田大学研究科長会においても対応が審議され、10月21日には早稲田大学が留学生の学位取り消しを正式に決定、公表した[1][2]。 留学生は論文再提出の要望や指導者の責任を問う不服申し立てを行ったが[21][22]、12月26日に学位記を返還した[1]。 先進理工学研究科の事例疑義の発覚と経過2014年1月末、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターがSTAP論文を発表する。ネイチャーに掲載された2報の論文は大学院先進理工学研究科常田研究室出身の小保方晴子が筆頭著者・責任著者であり、ノーベル賞級の発見を成し遂げた女性研究者としてメディアで盛んに取り上げられた[23][24]。しかしインターネットを中心に再現性や画像について疑義が指摘され、小保方の博士論文についてもネット上で検証され、多くの疑義が発覚した[25][26]。 なお、一連の疑義は匿名のブロガーである11jigenらを中心にインターネット上で指摘され、同年に「クラウド査読」として話題になった[27][28][29][30]。 小保方論文の疑義約100ページの英語で書かれた小保方の博士論文[31]において、
といった疑義が指摘されていた[31](研究過程や研究内容の詳細は「胞子様細胞」を参照)。 指導教員の疑義小保方博士論文の審査は
といった体制であった[38][26]。博士課程における幹細胞研究はブリガム&ウィメンズ病院のチャールズ・バカンティと小島宏司のもとで行っていたが、バカンティは「博士論文のコピー提出を受けたり、読むように依頼されたりしたことはない」と取材に答えたと報道され、論文だけでなく審査過程にも疑義が生じた[39][40]。 調査委員会による調査と反響正式調査開始までの経過2014年3月11日には大学院で調査を始めているとの報道がなされ[26]、同年3月14日にSTAP論文の不正調査について理化学研究所が中間報告を行ったことと合わせ、小保方の去就が注目を集めることになった。小保方はウォール・ストリート・ジャーナルに対し、「下書き段階の物が製本され残ってしまった」「大学に撤回を要請した」と回答したこと[41]、小保方が早稲田大学の関係者に対し論文取り下げを申し出たといった報道がなされたりもした[42]。 同年3月26日には早稲田大学が正式に調査を行うことを公表[4][43][44][45]。さらに、小保方の論文のみならず、先進理工学研究科における280本全ての博士論文についても調査がなされることになった[5]。 調査委員会と小保方論文の調査報告小保方論文における不正疑義に対し設置された調査委員会は、 といった構成であり、委員長以外の委員は匿名とされた[46][47]。 2014年7月17日に調査委員会の調査報告がまとめられ、報告書の全文と附属資料が鎌田薫総長へ提出された。また、同日に概要が一般に公表され[48][46][49][50]、調査委員長、総長の順に記者会見も実施された[51]。さらに、7月19日には早稲田大学のウェブサイト上で、個人情報保護へ対応した調査報告書の全文と別紙を公表することになった[52]。 報告書では、当時、世間から荒唐無稽な主張といわれていた「取り違いによって作成初期段階の草稿が製本され、それが博士論文として大学に提出された」との小保方の主張が、真実と認定され、その製本された論文には外部資料からの流用をはじめとして多くの問題が認定された。その上で「製本された論文を前提とすれば、学位を授与すべきでなかったが、大学の審査体制の不備で、いったん、授与してしまった以上は、大学で定められている『取り消し規定』に該当しない限り、取り消しはできない。今回のケースは、その規定に該当しない」との結論が出された[6][7]。 調査報告に対する学内外の反響調査委員会の報告に対して大学教授らから多くの疑問の声があがった。テレビでは九州大学教授の中山敬一[53]が、新聞では東京工業大学准教授の調麻佐志[9][10]や近畿大学講師の榎木英介[7]が見解を述べた。さらに、京都大学教授の飯吉透や東京大学特任教授のロバート・ゲラーら、著名な大学教授のツイートを網羅したネットニュース[8]も見受けられ、「早稲田大学自殺遺書」とする意見まであった[54]。 また、指導教員の責任や日本の現状を憂う指摘[21]、研究の位置付けを示す重要な序章に問題があったことを重要視する声[9][10]、主な指導教員の精査や研究室間での指導面の交流についての疑問[9]、学外の目を取り入れた委員会による原因究明や改革についての提言[9]、個人の問題と組織の構造問題が混同されているという問題提起[55]、不正予防の難しさ[56]と再発防止のための法の支配[57]について論じた意見なども見受けられた。 そのような中、7月24日に先進理工学研究科の岩崎秀雄ら4名の教授が有志代表となり、早稲田大学の教員有志は「強い違和感と困惑を覚えざるを得ない」として、調査報告に対する所見を発表[58][59]。本学学生のレポートでも盗用しないよう指導しているため序論の大量文章盗用で学位授与されることはおかしいこと、外部の指導者について責任が明確になっていないこと等、6項目について問題点を指摘するとともに[58]、「このような論文に学位を授与してしまった責任は極めて重大で重く受け止める」と教員側の責任にも言及した[59]。 大学による処分学位取り消し決定と関係者の処分2014年10月7日、早稲田大学は調査委員会による学位の取り消し規定には該当しないとの結論を受け入れず、小保方の博士号を取り消すと決定した[13][14]。しかし、研究指導および学位審査過程に重大な欠陥があったことから、1年程度の猶予期間が設けられ、その間に小保方が再指導・再教育を受けたうえで論文を訂正・再提出し、これが博士論文としてふさわしいものと認められた場合には学位を維持するとしている[13][14]。 また、関係者に対し以下の通り処分が下された[14]。 教育学研究科の事例疑義の発覚と経過早稲田大学国際教養学部の女性助教は、早稲田大学大学院教育学研究科で大学院生兼助手[16]であった当時に「What is Higher Education for? Educational Aspirations and Career Prospects of Women in the Arab Gulf」(日本語題名:中東湾岸諸国の女性はなぜ高等教育へ進むのか)[17]という博士論文を執筆し、2020年4月28日に大学院教育学研究科から博士(教育学)の学位を受けた[60]。論文の内容は、中東の女性の大学進学や博士学位取得の行動に関する研究であった[61][62]。女性助教は、学位を取得した後、2021年からカタールチェアと呼ばれる早稲田大学とカタール大学によるイスラム地域の理解を深める共同事業(10年間、両大学から1300万ドル相当の出資)[63][64][65]の早稲田大学側の主要研究者[15]となり、「中東における学位に関する意識と行動の比較研究」[66]に従事していた。 女性助教の研究成果の疑義2023年5月18日に米国の非営利団体であるCenter for Scientific Integrityが運営する撤回論文について扱うニュースサイトであるリトラクションウォッチは、この女性助教による博士論文および修士論文を含む複数の論文に研究不正の疑惑があり、早稲田大学による調査がすでにおこなわれていることを報じた[67]。リトラクションウォッチは、女性助教の博士論文や修士論文を含む複数の研究成果に疑義があることがインターネット上で研究成果を研究者仲間が議論するウェブサイトであるパブピア上で2022年6月に指摘され[68][69]、日本政府に対しても懸念が告発されたことを報じた[67]。さらに、女性助教の一部の論文がアクセス不能となっていることも判明した[67]。女性助教は、自身が早稲田大学の学術研究倫理委員会による調査を受けている事を認めた上で、論文に対する疑惑はミスによって生じたものであり、故意ではないと不正を否定した[67]。2023年12月5日には、MyNewsJapanが、女性助教の論文には論文の主要なテーマであるアンケート調査の集計・分析表が、内容の異なるテーマで執筆した別の論文の表と酷似するなど公正さに疑問があり、またインタビューデータについても博士論文では一人の発言とされていた内容が別の学会発表では二人の発言になるなど不審な点があるとの指摘をおこなった[70]。結局、博士論文および修士論文を含む後述する計8つの研究成果が学術研究倫理委員会の調査対象となった[71]。 指導教員の疑義女性助教の博士論文の審査は
といった体制であった[62][70]。2014年の小保方晴子氏と同じく論文だけでなく指導や審査過程にも疑義が生じた。論文の不審点は専門知識がなくても容易に発見できそうなものばかりであり、主査を務めた指導教員との師弟の馴れ合い関係を背景にずさんな論文審査が行われたとみられるとも報じられた[70]。後述の調査結果において、調査委員会が、「一方、執筆当時は大学院生であり、指導教員や学位の審査体制について『(女性助教より)責任が重いと言わざるを得ない』」と付言したことも報じられた[15]。 調査委員会による調査と調査結果調査経過と調査結果の概要早稲田大学の学術研究倫理委員会が、女性助教による複数の研究成果に改竄および自己盗用といった不正行為があることを認定した。第1回調査委員会は2022年10月24日に開催され、以後、2023年11月27日までの約1年間をかけて計6回の調査委員会が開かれ、2023年11月28日付けで調査報告書が取りまとめられた[71][18][19]。2023年12月8日には読売新聞が不正の認定があったことを報じた[15]。読売新聞によると、女性助教の博士論文では、中東6か国の1439人の女性の意識と行動を分析したとするデータ表が掲載されていたが、「根拠となるアンケート調査の回答を調べたところ、実際のデータは1291人分しかなく、男性56人と対象外の国の女性93人が含まれ」ていた[15]。さらには、インタビューデータについても「引用された対象者の発言も、複数回のやり取りを一度に発言したように記載したり、原文と文脈が異なったりして」いた[15]。また、女性助教の別の複数の研究成果にも改竄が認められた他に、自己盗用がおこなわれていたことも不正行為として認定されたと報じられた[15][71]。結局、早稲田大学からの公表は2024年3月27日となった[18][19][20]。 調査委員会と調査結果女性助教の研究成果における不正疑義に対し設置された調査委員会は、
女性助教の「各研究成果の中に示されたデータや調査結果等に関して、不適切な取扱い(論文の内容と分析したデータの内容との齟齬や、インタビューにおける発言と反訳データの不一致が複数箇所あること等)がなされており、少なくとも、研究者として当然に守るべき基本的な注意義務を著しく怠ったものといわざるを得ず」改竄に該当すると判断した[19]。さらに、複数の論文で分析結果の表が使い回されていたことについても、自己盗用と判断した[19]。 指導教員と教育学研究科の責任調査委員会は、指導教員および学位を授与した教育学研究科について女性助教よりも重い責任があることを指摘したうえで、再発防止策として教育学研究科の研究指導体制および学位審査体制の再点検と問題点の改善と公表を求めた。調査報告書では、「調査対象者は当時大学院学生であり、指導を受ける立場であったことに鑑みれば、調査対象者が社会調査の基本的な技法に関して知識不足があるのは止むを得ない面がある。したがって、調査対象者を指導すべき立場にあった指導教員および当該研究科の学位審査体制については、調査対象者に比べて責任が重いといわざるを得ない。」と記載された[71]。さらに、再発防止策として、「教育学研究科は、同研究科における研究指導体制および学位審査体制が適切に整備され、規定等に則って適切に運用されてきたのかについて再点検を実施し、その結果、問題点が確認できた場合は速やかに改善措置を講じ、公表する。」ということも求めた[19]。 調査対象となった研究成果調査対象となったのは女性助教が発表した博士論文と修士論文を含む5つの論文および3つの学会発表の計8つの一連の研究成果であった[71]。詳細は下記である。
おこなわれた措置や処分大学による関係者の処分および博士学位と各研究成果に関わる措置早稲田大学は、女性助教に対して2024年3月27日付で「訓戒」の処分とした[19]。 博士学位論文については、「当該博士学位を授与した本学教育学研究科において、論文訂正の機会を与え、期限内に適切に訂正が履行された場合には、本学リポジトリに登録されている博士学位論文に関する内容を、訂正確認報告書を添付のうえ、修正します。」とし博士学位の取消をおこなわなかった[18]。 その他の学術誌等に掲載されている研究成果については、女性助教に対して撤回勧告をしたものの、「学外の学術誌の編集委員会の判断で修正可とし、取下げない場合は当該の学術誌の編集委員会のご判断にお任せすべきと考えております」という立場を示した[18]。 公的研究費に関わる措置女性助教の不正が認定された研究成果は、公的資金によるものであった[19][71]。女性助教が研究代表者となった2件の科研費の研究課題[73][74]および基盤的経費(私学助成を含む)による成果であったことが調査委員会によって認定された[75][71]。 日本学術振興会による公的研究費に関わる措置科研費の配分機関である文部科学省所管の独立行政法人である日本学術振興会は、女性助教に対する研究費の交付を、2024年度から2027年度の4年間おこなわないことを決定した[76]。 大学による公的研究費に関わる措置早稲田大学は、日本学術振興会からの科研費の研究課題の廃止と共同研究の分担者削除の措置命令に先立ち、女性助教に関わる科研費の執行停止措置をおこなった[75][19]。女性助教が研究代表者として執行中であった科研費の研究課題1件[73]の執行停止措置をおこなった。また、女性助教が研究分担者として参加していた吉田文教授(指導教員)が代表となっていた科研費の研究課題1件[77]については分担金に関わる執行停止措置を行った[75][19]。 調査報告書の内容MyNewsJapanは、文部科学省に対して情報公開法に基づく開示請求を行い、早稲田大学から文部科学大臣宛に提出された調査報告書ほかの行政文書を入手して公開した[72]。開示された行政文書は、26頁からなる調査報告書本文、16頁からなる調査報告書別表および不正が認定された研究成果であった。
調査報告書では、調査対象となった5つの論文および3つの学会発表の計8つの研究成果全てについて、改竄・自己盗用、不適切な研究行為(QRP:Questionable Research Practice)のいずれかまたは全てが認定された。各研究成果について認定された内容の種別は下記であった。
早稲田大学による公表内容との相違点MyNewsJapanは、研究不正についての調査結果に関わる早稲田大学による公表内容[18][19]と文部科学大臣宛に提出された調査報告書の内容が異なる事を指摘した[72]。 文部科学大臣宛に提出された調査報告書では、「調査対象者を指導すべき立場にあった指導教員および当該研究科の学位審査体制については、調査対象者に比べて責任が重いといわざるを得ない」と記載されていたが、早稲田大学の公表内容[18][19]ではそうした記載が削除されていたことが判明した。 早稲田大学博士論文不正問題に関する年表本節では、主要な出来事について年表を記す。 2012年以前
2013年
2014年
2015年
2017年2020年
2022年2023年
2024年関連文献学位論文、及び関係資料
学位取得に関係した論文
調査委員会等の資料
脚注
参考文献
関連項目外部リンク早稲田大学公式
早稲田大学関係者
その他
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