犬王 (映画)
『犬王』(いぬおう)は、湯浅政明監督による日本の長編アニメーション映画[2]。南北朝から室町期に活躍した能楽師・犬王に題材をとった古川日出男の2017年の小説『平家物語 犬王の巻』を原作としたミュージカルアニメで、サイエンスSARUが制作を務めた[2][3]。能楽を題材に、湯浅政明が室町時代に人々を魅了した実在の能楽師・犬王を、ポップスターとして描いた作品で、湯浅にとっては初の時代劇となる[2][4][5][6]。 当初は2021年に公開する予定だったが、2022年初夏に延期され[7]、5月28日に公開された[8]。海外では日本公開前の2020年から各国の映画祭などで上映され、日本では2021年11月3日開催の東京国際映画祭のジャパニーズ・アニメーション部門で初公開された。 あらすじ乗用車が行きかう現代の交差点で、琵琶を弾き語る不気味な風体の男がいる。 その演奏と共に時がさかのぼり、三代将軍足利義満が南北朝の統一(北朝による一統化)を目指していた室町時代初期。京の都の猿楽の一座(比叡座)に生まれた子、犬王はその異形の姿から周囲に疎まれ、顔を瓢箪の面によって隠されて育つ。父に忌み嫌われる犬王は、芸の修業からは外されていたが、自ら舞や唄を身に付け、その才能は兄たちを上回っていた。一方、壇ノ浦に生まれた漁師の息子・友魚(ともな)の父の元に京から侍が訪れ、源平の合戦で海に沈んだ天叢雲剣を引き揚げるよう代価を見せて依頼する。友魚は引き揚げ作業に同行するが、鞘から剣が引き抜かれたその瞬間、父は剣の呪いを受けて体が真っ二つに裂け死亡し、友魚も盲目となった。大黒柱を突然失い、跡取りである息子も失明したことから友魚の家は没落し、母親もまた衝撃で正気を失う。 恨みを抱えて亡霊となった父の声に従い、友魚は父の仇となった剣引き上げの依頼主を探すべく京へと赴くが、その道中、宮島で知り合った琵琶法師・谷一に弟子入りし、2年以上にわたり、ともに諸国を遊行する。その間に成長して琵琶法師となった友魚は、平家の隠れ里へ赴いてまだ語られていない物語を知り、新たな平曲を産み出すという夢を抱くようになっていた。しかし旅の途中で、京では独自の平曲を語る琵琶法師が相次いで殺されていると耳にする。上京した友魚は谷一の所属する「覚一座」に入り、「友一(ともいち)」の名を与えられた。 ある夜、自分の異形の姿で人々を驚かし楽しんでいた犬王は、盲目のため彼の異形に気づかない友魚と出会い、舞と演奏を共演した二人は意気投合する。犬王と友一は成仏できないでいる平家の魂たちと接することができ[9]、犬王は彼らの声に従って誰も語ったことのない『平家物語』を奇想天外な仕掛けとともに舞い踊り、友一は犬王の身の上をやはり既存の琵琶語りとは大きく異なる演奏で紹介した。奇抜な二人の演舞と演奏は京の人々から絶大な人気を集める。犬王が新しい舞を演じるごとに、体の異形の部分は一つずつ通常の人体へと変じていった。 友一はやがて「覚一座」を出て名前を「友有(ともあり)」と改め、「友有座」の名称で独自に活動を始める。髪を伸ばして遊女の衣をまとい、顔に化粧も施す友有に「覚一座」の法師からは非難めいた声も出たが、座をまとめる覚一に次ぐ実力者の定一は理解を示した。 犬王の人気は上がり続け、ついに将軍義満から演舞の披露が依頼される。ただ、幕府側は上演に当たって犬王が最後に直面(ひためん)で演じることを条件とした。このとき犬王の顔はまだ異形のままだった。しかし犬王はこれを受け入れ、友有の琵琶と共演することを認めさせる。犬王の父は自分ではなく犬王が舞うことに激しい嫉妬を燃やす。 義満の北山の邸で上覧演舞が始まる。周囲が皆既日食の闇に包まれる中、犬王は舞い踊る。しかし演舞を続けても普段のように平家の魂が成仏していかないという違和を犬王は友有に告げる。友有は想念の世界で過去に遡り、犬王が生まれる前後に起きたことを見る。それは次のような経緯だった。 芸道の上達を求めた犬王の父は魔力を持つ能面に頼り、能面の命じるまま独自の平曲を持つ琵琶法師を殺害し、魔力でその曲を自分のものとしていた。だが犬王の父はさらなる精進を望み、能面は代償としてまだ母の胎内にいた犬王を求める。この取引により、犬王は異形の姿で生まれたのだった(犬王の母は、胎内の犬王が異形の姿に変えられていく過程で苦しみ出し、立ったまま犬王を産み落として力尽きた)。 一方、犬王の演舞を見る犬王の父は、能面の精に犬王を潰せと命じる。しかし、かつて代償として与えた犬王を潰せというのは筋が違うと能面は拒否し、逆に犬王の父を魔力で殺す。犬王の父が消えた後、演舞の最後で面(おもて)を取った犬王は、人間の青年の顔を現す。 その後、犬王を引見した義満は、今後は覚一による定本以外の平曲は舞わないことと、琵琶法師との交際を絶つことを犬王に指示する。南北朝が統一されようという今、覚一座から独立して新たな道を進もうとする友有座のあり方は、統一の逆の象徴であり、足利氏の天下統一に水を差す存在として義満の不興を買っていたのだ。犬王が従わない場合は琵琶法師の首を河原に晒すという義満の言葉を聞き、犬王はこれまでの自分の舞と友有座との付き合いを捨て去ることに同意する。 以降、幕府は友有座に弾圧を加え、座のメンバーは次々に捕縛される。幕吏に追われた友有は、「当道座」と名を改めた「覚一座」に逃げ込む。定一は友有に「自分は当道座の友一だと名乗れ」と勧めるが、自分の曲を歌うと主張する友有は拒む。友有は一度は幕吏から逃がれたものの、等持院の足利尊氏墓前で、足利氏による剣引き上げの依頼によって家が滅びた恨みを琵琶とともに歌っているところを捕らえられる。捕えられてもなお演奏をやめなかったため、友有は琵琶を弾く左右の腕を順に切り落とされた後、最期に自分の最初の名「友魚」を叫んで斬首される。 犬王はその後も義満の下で舞うが、後世において彼の曲は一曲も残らず、その名のみが残る。 時は再び現代、都会の交差点をバックに琵琶の演奏を続ける男の場面に戻る。その正体は、切り落とされた両腕と首のみの姿で地縛霊と化した友有だった。そんな彼の目の前に、犬王の魂が姿を表す。曰く「最期に名前が変わったため、友有として探すことができず見つけるのに600年かかった」という。再会した二人は、出会った頃の姿に戻って再会を喜び合いながら天に昇っていった。 登場人物
スタッフ
挿入歌
制作2019年6月12日にアスミック・エースより本作の制作が発表された[4]。 原作は、世阿弥と人気を二分した能楽師・犬王の実話をもとに、軍記物の名作『平家物語』の現代語訳を手掛けた古川日出男によってその『平家物語』に連なる物語として書かれたもの[2][4]。題材となった犬王は、同時代を生きた観阿弥、世阿弥とともに、三代将軍足利義満の愛顧を受け、二者よりも贔屓にされていたと言われている。しかし、その作品は現存しておらず、『平家物語』にも「後世に多大な影響を与えた」「作品はいっさい既存していない」と記されている。古川は、歴史にはわずかにしか書き記されていないその『犬王』という猿楽師を大胆に解釈して物語を作り上げた[14]。 湯浅のもとにオファーが来た時、犬王は当時のポップスターであったと説明され、一緒にロックアーティストの写真も添えられていたことで、彼は本作の企画に興味を抱いた[3][15]。湯浅は「逆境の中で育った犬王と友魚が這い上がろうとしている姿が魅力的だった。室町時代という出自を超えて這い上がっていくことが難しい時代の中で、困難をものともしない犬王の明るさに魅力を感じた。今の時代に犬王のような明るいキャラクターを見せることで、勇気をもらえるのではないかと思った」と語った[16]。また、「歴史の話というと、現在残っているものから想像する世界がすごく狭い。音楽に関しても、芸能に関しても、人々に関しても、もっと広いイメージが有るべきだと思っていた」と作品企画が自身の考えに合致したことも興味を引かれた一因であると述べている[15]。 2020年6月15日にメインスタッフが発表された[6]。テレビアニメ『ピンポン THE ANIMATION』で湯浅とタッグを組み、原作の装画も手掛ける漫画家の松本大洋がキャラクター原案を担当[4][17]。デザインに関して、松本へのオーダーは「できるだけ自由にやって欲しい」というものだった[15]。その一方で犬王と友魚に関しては細かいやり取りを行い、2人の主人公は出来るだけ若くしたいということや、犬王の形が変わっていくというのを映画としてどう見せるかということについて話し合った[15]。また、キャラクターデザインと作画監督を多くの湯浅監督作品でタッグを組んできた伊東伸高、美術監督を『ねこぢる草』の中村豪希、メインアニメーターを『四畳半神話大系』『映像研には手を出すな!』などの湯浅監督作品に参加した松本憲生が担当[6]。脚本は、それまで『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』『MIU404』などテレビドラマや実写映画を中心に手掛け、2019年には向田邦子賞、市川森一賞をダブル受賞した野木亜紀子が初めてアニメーションに挑んでいる[4][17]。 2021年7月27日、音楽を『あまちゃん』で知られる大友良英が担当すること、そして主演声優として犬王をロックバンド「女王蜂」のアヴちゃん、友魚を森山未來が演じることが発表された[18][19][20]。音楽については、琵琶の音色とロック・ミュージカルを融合させたものとなっている[18]。湯浅がイメージしたのはディープ・パープルやクイーンのような現代のロックだったが、それを琵琶の音を使って作るというところで苦労している大友のためにストーリーボードとムービーが用意された[18]。音楽が出来上がると、歌入れの時にアヴちゃんが歌詞をまとめ、森山未來の歌唱や大友のコーラスが追加されて歌が完成した[21]。昔の音楽から始まり、犬王が踊っているうちにそれが徐々に変わり、ダンスも「雨に唄えば」のようなものがあったりと色々なものが混ざって行き、それに伴ってキャストの二人も1970年代や1980年代のロックミュージシャンのイメージを入れて歌っている[21]。 湯浅は「音楽の根源は、歌って踊って神様に捧げるような興奮がある。だからみんなにもっと踊ってもらいたいという気持ちがある」と自身の作品に音楽的リズムを刻んでいる理由を解説し、「『犬王』でもみんなもっと素直に頭を動かしたり、リズムに乗ったりしてほしい」と発言している[16]。 作画面の総作画監督は本作が湯浅作品初参加となる亀田祥倫と中野悟史によるダブル体制となった。作画監督には『映像研には手を出すな!』で原画・メカデザインとして参加した榎本柊斗、前場健次、『テイルズ オブ シリーズ』の松竹徳幸、『ボールルームへようこそ』の向田隆、『ポポロクロイス物語』の福島敦子、『メトロポリス』の名倉靖博、『映画クレヨンしんちゃんシリーズ』の針金屋英郎、『スーパーマン』の増田敏彦が伊東と共同でそれぞれ作画監督を担当。 公開日本国内全国劇場公開は当初、2021年に予定されていたが、2022年初夏に延期された[7]。 2021年、第34回東京国際映画祭のジャパニーズ・アニメーション部門に正式出品され、11月3日にジャパンプレミア上映を開催した[16]。 2022年3月14日、最新の予告映像と共に日本公開が5月28日に正式決定した。 海外2020年、初のオンライン開催となるフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭 2020内のプログラム「Work in Progress」に選出され、上映された[注釈 5][6]。 2021年、第78回ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ・コンペティション部門に選出され、ワールドプレミアとして披露されたが、受賞は逃した[注釈 6][17][18]。日本の長編2Dアニメーション作品が同部門に選出されるのは今回が初となる[20][22]。同年、第46回トロント国際映画祭[注釈 7]のスペシャル・プレゼンテーション部門に正式出品され、北米プレミアとなる公式上映が行われた[注釈 8][24]。日本の長編アニメーションが選出されたのは、2013年の『風立ちぬ』、2019年の『天気の子』以来[23]。同年、釜山国際映画祭で上映された[25]。 2022年に第51回ロッテルダム国際映画祭での上映と第49回アングレーム国際漫画祭でのプレミア上映が実施されると発表された[25]。 2023年、「第80回ゴールデングローブ賞」のアニメ映画賞にノミネートされたが、受賞には至らなかった[26]。 同年、「第50回アニー賞」長編インディペンデント作品賞に、脚本を手がけた野木が脚本賞にノミネートされた[27]。 出品された映画祭
評価受賞・ノミネート
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出典
外部リンク
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