三嶋章夫
三嶋 章夫(みしま あきお、1969年〈昭和44年〉8月3日[1] - )は、日本の音楽プロデューサー、アニメプロデューサー。キングレコード株式会社常務取締役。京都府京都市出身。 来歴10代からおニャン子クラブなどのアイドルを好み、芸能・マスコミ関連への就職を志して上京し、早稲田大学教育学部に入学[1]。上京当初は東村山市に住んでいたものの、キャンパスに遠いこともあり、1年程度で転居。マスコミを中心に就職活動し、1994年にキングレコード入社[1]。入社のきっかけとしては中山美穂の所属会社であることを主な理由としている[2]。 入社当初は営業部に配属され、大阪支店にて兵庫県内のレコード店への営業を1年半行う一方でアイドル関連の部署への異動を希望していたものの、その後ゲーム音楽を担う第三クリエイティブ本部VC制作部MM(マルチメディア)グループに異動[1]。「ときめきメモリアル」などコナミ関連のゲーム音楽作品やコンサートのA&R業務、イベントの司会に携わる中で声優の音楽プロデュースを志す[1]。その後水樹奈々や田村ゆかりを見出し、両名のダブル主演・主題歌作品として売り込むために製作した「魔法少女リリカルなのは」をきっかけにアニメ作品のプロデュースも手掛け始めた[1][3]。 その後手がけたアニメ作品が複数ヒットしたほか、宮野真守などのアーティストをプロデュースし、売上が上がったVC制作部はキングレコード内での規模が拡大した事を受けて、三嶋が担当していたMMグループが、2009年2月より第三クリエイティブ本部MM制作部に昇格。同部の部長に就任した。さらに、2013年2月からは新生・第三クリエイティブ本部へと昇格し、同本部の本部長兼制作グループ長に就任した。 2009年には、田村ゆかりのスタイリストを担当していた女性と結婚[4][5]。 2016年2月には第三クリエイティブ本部がスターチャイルドと統合してキング・アミューズメント・クリエイティブ本部となり、本部長に就任するとともに上席執行役員に昇格する[6]。2018年6月には取締役に選任された[7]。 その時またはそれ以降に本部長を離任し(時期不明)、制作現場を離れて担当役員として経営陣の立場でキング・アミューズメント・クリエイティブを管掌するようになる。2023年6月14日時点では、キング・アミューズメント・クリエイティブ本部から2分割されたうちのKACアーティストプロデュース本部、それに加えてそれまで担当外だったキングレーベルクリエイティブ本部(2024年3月からアーティストデベロップメント本部に改称)、YBCクリエイティブ本部(入社当時志していたアイドル関係の部署)の担当役員となっている[8]。2024年6月には常務取締役に昇任、合わせて、A&R統括としてアーティストデベロップメント本部、YBCクリエイティブ本部、アセット&プランニング部、セールスプロモーション本部の担当役員となっており、KAC担当から外れてアニメの一線からは離れている[9]。2025年6月からはアーティストデベロップメント本部、YBCクリエイティブ本部、アセット&プランニング部担当(A&R統括、セールスプロモーション本部は担当外に)[10]。 人物担当する作品やアーティストのイベントなどでの司会も行っており[2]、関西弁を交えながら出演者らにツッコミを入れる事もしばしであり、ファンからも「みっしー」の愛称で親しまれている。また、ラグビーにも造詣が深い[11]。 大学在学中にはクイズ研究会に所属してイントロクイズを得意としたほか、「パネルクイズ アタック25」の「700回記念 大学対抗! 100人の大サバイバル」(1989年1月22日放送)や[12][13]、「TVチャンピオン」の「ラーメン王選手権」にも出場した[1]。また、大学時代のクイズ経験を生かして水樹奈々のファンクラブイベントでは、2006年にアタック25・2008年にはアメリカ横断ウルトラクイズのパロディ企画が行われており、問題制作は田村ゆかりのラジオ「田村ゆかりのいたずら黒うさぎ」の構成作家で、全国高等学校クイズ選手権の問題制作にも携わった矢野了平が担当した[1]。 作品一覧テレビアニメ
OVA
アニメ映画
テレビドラマバラエティ番組
担当アーティストほか 出演テレビ
脚注
外部リンク |
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