アイレムソフトウェアエンジニアリング
アイレムソフトウェアエンジニアリング株式会社(英: IREM SOFTWARE ENGINEERING INC.)は、アイレム(irem)のブランド名で商品展開を行っている日本のゲーム会社、ならびに映像制作メーカー。EIZO株式会社の完全子会社。コンピュータエンターテインメント協会正会員。 概要かつてナナオ(現・EIZO)は傘下にアイレム株式会社を持ち、ゲーム開発に携わっていたが、『レジェンド・オブ・ヒーロー・トンマ』や『ゲオポリティク島における国家興亡論』[1]など、発売中止に終わった[2]ファミリーコンピュータ作品が多く、1994年にゲーム開発から一旦撤退した。ゲーム開発を再開するにあたり、100%子会社としてアイレムソフトウェアエンジニアリング株式会社を設立、アイレム株式会社よりゲーム事業、及び版権を譲り受けた。 旧アイレム時代からの作品『大工の源さん』は他にウェブアニメ及びコンシューマーゲームとしても制作されている。 2006年5月、東京都港区赤坂に東京開発室を開設した。同年7月、通信販売サイト「アイレム横丁」の運営を開始。 2011年3月、東日本大震災など諸々の事情で開発中のゲームタイトルが開発中止と同時に、5月に「アイレム横丁」の終了宣言、サイト内のコンテンツの縮小、8月11日にPlayStation Homeのラウンジ(ソニー・コンピュータエンタテインメントに次ぐ数のラウンジを設置していた)の大幅な縮小が行われた。 また、R-TYPEシリーズ等、バーチャルコンソール・PlayStation Storeにて配信されていたソフトの大半が配信終了[3]となり、以前から提携していた三洋物産のパチンコ・パチスロ関連のソフトを中心とした事業展開に大きく舵を切っている(その過程で、パチパラシリーズの開発は継続)。2013年にはアプリ開発も行っており、2017年ではパチンコ・パチスロ以外のソフトに開発協力として参加。 『みんなでスペランカー』を始めとするスペランカーの権利関係については、元アイレム社員が設立したTozai Gamesへ配信元が移管された。 2011年4月、九条一馬ら一部のスタッフが退社。独立して新たにゲーム会社グランゼーラを設立した。代表取締役は「アイレム横丁」の責任者を務めた名倉剛。これに関して、かつての関係者であり九条と交友関係のある稲葉敦志が、5月25日にTwitterでつぶやいたことで広まった[4][5]。 沿革
事業所ゲーム作品以前のアイレム(現:アピエス)の作品も参照。
パチンコ・スロット関係(パチパラシリーズ(三洋パチンコパラダイスシリーズ)) 笑いの提供
エイプリルフール企画公式サイトでは1998年から毎年4月1日にエイプリルフール企画が披露されていた。年を経るごとに、次第に壮大かつ派手なものになっていた。2011年は諸般の事情により中止となった[6]。東日本大震災に伴う自粛と思われる。 九条一馬在籍当時は、この企画のために、前年11月頃から社内で準備を開始し、しかもかなり手の込んだものを作った年もあった。また、登場したもののうち、いくつかはアイレムのゲーム内で登場している(『どきどきすいこでん』は、アイレムHP内の4コマ漫画の題材になっている)。上述のアイレム横丁についても、同様にジョーク商品を紹介した。また、アイレムはPlaystation Homeに多くのラウンジを設置していたため、それらの場所でもオブジェクトを書き変えたイベントが行われていた。 企業系サイトがエイプリルフール企画を仕掛ける先駆けでもあると言われており、エイプリルフール企画を仕掛ける日本の企業系サイトがリストアップされる際、円谷プロ等と並んでたびたび大きく名が載るほどであった。 中でも2001年のエイプリルフール企画であった架空の恋愛ゲーム『どきどきすいこでん』は、アイレムのサイトコンテンツにもたびたび登場し、2011年に現実のゲームソフトとして発売されることになった。 2011年、エイプリルフール企画を主導した九条一馬らが退社。アイレムのサイトから過去(2010年以前)のエイプリルフール企画のコンテンツが削除された。2012年にはエイプリルフール企画を再開したが規模は縮小され、2013年は全く行われなかった。
ゲームショウなどアイレム横丁でも、「目盛りのない分度器」といった商品が売られていたり、東京ゲームショウに出展したときには、前述した実物大のトロットビークルを運搬してきたり、『るるぶ』をもじった本『アイレムぶるるん』を配布したり、さらには親会社であるナナオの得意分野であるディスプレイ「アシュラ」の公開など、ギャグが多い。 2010年の東京ゲームショウでは、通常のゲームメーカーとしての出展と物販ブースへの「アイレム横丁」出展に加えて、飲食ブースで新作タイトル『絶体絶命都市4』と金沢カレーをコラボレーションさせた「絶体絶命カレー」を販売。ケータリング専門業者への委託ではなく自社運営で、領収書には「アイレムソフトウェアエンジニアリング株式会社」の判が押されていた。またこのカレーの販売については『アイレムぶるるん』でも紹介されている。 なお、PS Storeにて『アイレムぶるるん デジタル版』が2011年1月27日に創刊された。デジタル版には付録が付いている内容となっている。 ふる里4コマ小唄上記のエイプリルフール企画をはじめ、アイレムのサイトの歴史はかなり長く、このふる里4コマ小唄は、1998年より毎週追加更新され、2009年1月18日現在、500回を超える長期連載となっている。 ほとんどの内容が社員の手書きによるものであり、その内容もアイレム横丁の物販特典や開発環境に関する内輪受けのものから、2010年まで本社があった石川県や兼六園に関するもの、『ぐっすんおよよ』や『スペランカー先生』と言った自社のキャラクターを題材にしたものなど様々であり、地味ながらも脈々と続くコンテンツである。557回目でエンターブレインより連載をまとめた1冊の本として発売の予定を告知する漫画が連載され、2009年7月1日に「スペランカー先生 アイレム発特撰ふる里4コマ小唄」として刊行された[7]。 2011年3月に『絶体絶命都市4』の発売中止告知がなされた際、同名のページは開発者が綴る日記のコーナーとともに削除された。 2015年4月には「IREMひみつ情報局」という形で日記が再開している。 脚注
関連項目
外部リンク
|
Portal di Ensiklopedia Dunia