蔡英文政権
蔡英文政権(さいえいぶんせいけん、繁: 蔡英文政府)は、民主進歩党の蔡英文が第7代総統に任命され、2016年5月20日から2024年5月20日まで続いた中華民国(台湾)の政権。 2016年の総統選挙で689万票を獲得して民主化以降三度目となる政権交代を実現、同時に行われた立法委員選挙でも民主進歩党が過半数を獲得して初めて多数派与党となった。2020年の総統選挙では817万票を獲得して再選され、立法委員選挙でも過半数を維持した。 副総統には1期目に陳建仁、2期目に頼清徳が指名され、行政院長(首相)は林全、頼清徳、蘇貞昌、陳建仁の4人が歴任した。なお、頼清徳は行政院長退任後に副総統に就任、陳建仁は副総統退任後に行政院長に就任している。 蔡英文は中華民国初の女性元首であり、初の台湾原住民の血統を持つ総統でもある。また、李登輝に次いで二人目の台湾客家の血統を持つ総統である。原住民の祖母、客家の父、そして河洛人の母と、歴代総統で最も多元的な出自を持つ[1]。 党主席を最も長い期間務め、過去に総統選挙で一度敗北し、二度目の再挑戦で総統に当選した初の人物でもある[2]。 蔡英文政権下では数々の記録が樹立された。蔡英文は東アジアで初の世襲でない女性国家元首であり、2020年には同地域で初の再選された女性国家元首となった。 2020年の選挙で獲得した817万票の得票数は、民主化以来の過去最多記録であり、2回の直接選挙で獲得した得票率の平均および得票数の合計ともに過去最高である。 世論調査で支持率50%以上を得ながら任期満了した台湾史上初かつ唯一の政権である。任期の半分以上の期間において支持率50%以上を維持し続けたのも初かつ唯一である。 また、後任の総統を決める2024年総統選挙でも、蔡英文路線の継承を掲げた後継者の頼清徳が当選し、民主化以来初めて3期連続で同じ政党が政権を担った。 これらの記録は「蔡英文の壁(蔡英文障礙)」と呼ばれ、後任の総統にとって高い壁となることが予測されている[3]。 政権人事副総統![]()
行政院長
内政ジェンダー政策同性結婚→「中華民国における同性結婚」を参照 2016年、立法委員である民進党の尤美女、国民党の許毓仁らが、民法第972条の「婚約は男女当事者が自ら定めるものとする」という文言を「婚約は双方当事者が自ら定めるものとする」へと改正する法案を提出した。この改正案は超党派による連名で提出され可決されたが、委員会審査の段階で反対派の抗議運動が発生し、一部の反対派議員が広範な公聴会の開催を要求したことで、法案の審議は大幅に遅れることとなった。 ![]() 2017年5月24日、憲法裁判所にあたる司法院の大法官は「司法院釈字第748号」を発表し、民法が同性婚を認めていないことは憲法に違反していると判断し、2年以内に関連する法律を整備するよう立法院に命じた。この間、同性婚に反対する団体はこの憲法解釈を覆そうと公民投票を試みたが、中央選挙委員会による修正指示を経て、2018年末には「同性婚は特別法で保障されるべき」とする内容の公民投票が可決された。 2019年2月20日、行政院はこの公民投票結果に基づき、「司法院釈字第748号解釈施行法」の草案を立法院に提出。 同年5月17日、三読会で採決が行われ、与党の一部議員が投票を棄権した一方、野党の一部議員が賛成に回り、賛成66票、反対27票で成立した[4]。 同年5月24日、蔡英文総統の公布により施行された。これにより、中華民国はアジアで初、世界で27番目に同性結婚を合法化した国となった[5]。 ただし同性婚が認められるのは、台湾籍同士のカップル、もしくは同性婚が法的に認められている26か国の外国籍とのカップルに限られており、それ以外の外国籍と台湾籍カップルが婚姻届を提出しても、戸政事務所は受理を拒否していた。 2022年、内政部は全ての外国籍(中華人民共和国は含まれない)と台湾籍カップルの婚姻届を受理するよう関係機関に通知した。 性別平等2016年立法委員選挙では、定数113議席中女性当選者は43人で38.05%と過去最高となった。2020年立法委員選挙では、女性当選者は47人で41.59%と再び過去最高を更新し、全世界の国会の男女比率均等ランキングで第15位となった[6]。なお、2022年に台中市第二選挙区の補欠選挙で林静儀が当選したことで、女性は48人で42.48%となった。 2018年統一地方選挙では、22県市中女性首長は7人で31.82%と過去最高となった、2022年統一地方選挙では、女性首長は10人で45.45%と再び過去最高を更新した。また、直轄市議会議員は39.79%、県市議会議員は36.02%、郷鎮市区民代表は26.15%と、それぞれ過去最高を更新した[7]。 2016年10月1日、トランスジェンダーを公表しているプログラマの唐鳳が林全内閣に政務委員として入閣した。35歳での閣僚就任は史上最年少であるうえ、世界で初めてトランスジェンダーを公表している人物が入閣した事例となった[8]。 2022年8月27日、新設された数位発展部の部長に唐鳳が任命された[9]。 人権政策原住民![]() 2016年8月1日、蔡英文は、過去400年にわたって行われてきた台湾原住民への抑圧について、中華民国総統として政府を代表し、初めて公式に謝罪した。同時に、「原住民族転型正義」プロジェクトの開始と、「総統府原住民族歴史正義・転型正義委員会」の設立を発表し、歴史的真実の解明や、差別的な政策・法律の見直しと改善に取り組む姿勢を明確に示した[10]。 2021年5月7日、憲法裁判所にあたる司法院の大法官は「司法院釈字第803号」を発表し、長年論争の的となってきた原住民族の狩猟問題について、原住民族の文化的権利は憲法によって保障された基本的権利であると明確に認めた。これを受けて総統府は、銃器・弾薬・刃物類規制条例に違反して狩猟を行ったとして有罪判決を受けていたブヌン族の男性に対する恩赦を発表した[11]。 転型正義二・二八事件と白色テロの被害者救済や真相解明のため、「促進転型正義委員会」を設立した。国民党の独裁政権下で違法に接収された資産を返還し、政治犯とされた被害者に対する有罪判決の取り消しを行った。また、民主活動家の鄭南榕が焼身自殺した日を「言論自由の日」に制定した[12]。 経済→「台湾の経済」を参照 2020年、新型コロナウイルス感染症の流行により世界経済は深刻な打撃を受け、ほとんどの国でマイナス成長を記録した。一方で台湾では、蔡英文政権の防疫対策によりロックダウンなどの規制なく封じ込めに成功したことで、世界的にも非常に自由な経済活動を行えるようになり、台湾経済は大きく成長した。2020年の経済成長率は3.4%で、世界約40か国の先進国のうちこの年にプラス成長だったのは台湾とアイルランドの2か国のみだった。2021年の年間経済成長率は6.7%で、世界平均を大きく上回った。 国際通貨基金(IMF)のデータによると、台湾の一人当たりGDPは、就任時(2016年)の23,071ドルから、退任時(2024年)には33,983ドルにまで増加した。これにより、2022年には台湾の一人当たりGDPが20年ぶりに韓国を上回り、初めて日本を上回ることとなった。台湾の一人当たりPPP(購買力平価GDP)も、就任時の47,272ドルから、退任時には79,031ドルにまで増加し、世界第13位となった。これにより、アメリカ合衆国、オランダに次ぎ、人口1000万人以上の国で一人当たりPPPが75,000ドルを超えた3番目の国となった[13]。 蔡英文政権の8年間のGDP成長率は47.3%で、陳水扁政権の8年間の21.6%、馬英九政権の8年間の27.8%を大きく上回った[14]。PPP(購買力平価GDP)成長率は67.2%で、同じく陳水扁政権の62.9%、馬英九政権の35.2%を上回った[15]。 また、スイス経営研究所が毎年発表している世界競争力報告によると、台湾は2023年に世界第6位、アメリカのヘリテージ財団が毎年発表している経済自由度指数では、台湾は2024年に世界第4位となり、どちらもアジア太平洋地域ではシンガポールに次ぐ順位となった[16][17]。 外交→「中華民国の国際関係」を参照
堅実な外交蔡英文政権では、従来行ってきた一方的な財政援助で外交を繋ぎ止める財政援助外交から脱却し、互恵的な関係に基づく民主同盟の構築を目指す「堅実な外交(踏實外交)」を提唱した。ロシアのウクライナ侵攻後、従来の中立・不介入という姿勢を改め、アメリカ主導の民主主義陣営に積極的に加わった。その結果、これまで関与が少なかった中東や東欧への外交的進出にも成功した。そして、アメリカ、日本、欧州連合など伝統的な同盟国との関係もより強化・深化され、台湾の国際的な知名度と評価はかつてないほど高まり、台湾海峡の安全保障に対する国際的な関心も改めて喚起された[18]。 二国間関係日台関係→「日台関係史」を参照
![]() 2016年、「沖ノ鳥島は排他的経済水域を設定できない岩」という馬英九政権の主張を、蔡英文政権が発足して間もない5月23日に「法律上の特定の立場を取らない」として撤回し、「(台湾側が)日台間で緊張感を高めるような行動をとるべきではない」として沖ノ鳥島沖の巡視船を引き上げた。また、海洋協力について協議するための新たな枠組みとして「日台海洋協力対話」を設置した[19][20]。 新型コロナウイルス感染症の流行時、日本政府が124万回分のワクチンを台湾に無償供与して以降、両国間の交流は再び活発になった[21][22]。 安倍晋三前総理は退任後、「台湾有事は日本有事」と提唱し、両国の政界から反響を呼んだ。両政府は沿岸防衛、国境警備、国防問題での協力を強化し、米国と共同で地域の安全保障問題に対応し始めた[23][24]。 2022年、馬英九政権から続いていた福島産食品の台湾への輸入規制を、CPTPP加盟の積極的支持と引き換えに撤廃すると発表した[25][26]。 2020年7月、李登輝元総統が死去した際、当時の安倍晋三首相は公に哀悼の意を表し、官房長官をはじめとする政府高官も異例ながら台北駐日経済文化代表処を訪れて弔問した[27][28]。 2022年7月、安倍晋三元総理が暗殺された際には、頼清徳副総統が日本から特別に入国ビザを発給され、東京で行われた遺族による追悼式に参列した。これは約30年ぶりに日本を訪問した台湾の最高位の政府高官となり、この一連の動きは「喪礼外交」としても注目された[29][30]。 台米関係→「米台関係」を参照
![]() 2016年12月、アメリカ次期大統領のドナルド・トランプと電話会談を行った。トランプ政権はその後も、高官の台湾訪問や武器売却案件の増加、米議会による一連の親台湾法案の可決などを通じて、台湾への支援を大幅に強化した。これにより、台米関係は過去40年間で最も良好な時期を迎えたとされる[31][32]。 バイデン政権発足後も、米国は対台湾支援を継続・強化している。バイデン大統領は「中国が台湾に武力侵攻した場合、米軍を派遣して台湾防衛を支援する」との意向を繰り返し示唆しており、「戦略的曖昧さ」の方針は徐々に明確化しつつある。こうした国際情勢を背景に、米国の政界では超党派的に親台湾の立場が形成されている[33][34]。 2022年8月、中華人民共和国の軍事的威嚇が続く中、ナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問し、1997年以来に台湾を訪問した最高位の政府高官となった。ペロシ議長は総統府で蔡英文総統と会談し、「米国は台湾への関与を決して放棄しない」と強調した[35][36][37]。 2023年4月、中華人民共和国が報復を示唆する中、蔡英文がアメリカを訪問し、ケビン・マッカーシー下院議長と会談した。1979年の断交後初めての会談となり、マッカーシー議長は「米国は台湾に対する義務を果たす」と表明した[38][39][40]。 台欧関係→「チェコと中華民国の関係」および「中華民国とリトアニアの関係」を参照
![]() 新冷戦構造の形成に伴い、欧州連合諸国は中国の欧州進出に対する脅威と、先端半導体製造を巡る支配権の争いなど、中国による台湾侵攻がもたらす深刻な影響を認識し始めた。そのため、近年ではEU機関も台湾との関係を徐々に強化しており、欧州議会は台湾を支持する決議を継続的に可決し、公式の代表団を派遣して台湾との交流を進めている[41][42]。 EUの各加盟国レベルでも、台湾が新型コロナウイルスの流行で見せた優れた対応や、ウクライナ侵攻後に高まった台湾海峡での紛争勃発への懸念などを背景に国際的な注目度が高まり、蔡英文政権は「価値外交」の理念を発揮し、多くのEU加盟国と二国間関係の構築・深化を果たした[43]。 2020年以降、蔡英文政権は中東欧諸国との外交において顕著な成果を挙げている。チェコでは、ミロシュ・ビストルチル上院議長の訪台を契機に、多くの分野における二国間交流が進展し、2023年には、同国の大統領に選出されたペトル・パヴェルが就任直後に蔡英文総統と電話会談を行い、トランプに次ぐ欧州初の事例として注目された。リトアニアは、中国の強硬な報復措置を受けながらも「台湾」名義の代表処を開設し、産業間の協力体制を迅速に構築した。さらに、ポーランド、スロバキア、スロベニア、エストニアなどでも、交流レベルの引き上げ、事務所名称の変更、ワクチン提供、司法協力協定の締結、経済・議会外交の強化といった多方面で進展が見られた[44][45]。 西欧および北欧諸国との伝統的な外交においても、近年対中強硬姿勢を取る政権の登場により状況は好転しつつある。台湾は各国議会の親台湾派との議会外交を深化させたほか、外交部長が欧州各国を訪問し、EU本部があるブリュッセルへの入国も実現した。2023年には、ドイツが初めて閣僚を台湾に派遣し、台湾もプロヴァンスやミラノに新たな外交拠点を開設するなど、公式交流の進展が続いている[46][47][48]。 国防![]() 蔡英文政権の国防政策は「国防自主」を中心に展開されてきた。台湾海峡における非対称戦力の強化や、国産の艦艇・航空機の開発が特に重視されている。防衛予算も2017年以降年々増加を続け、2024年には6,068億台湾ドルに達し、GDPの2.5%を占めた。また、蔡英文総統は中華民国国軍を頻繁に視察しており、その回数は歴代総統の中で最多である[49]。 国防自主国産艦艇2016年6月、国防部は「海軍12項目艦艇建造計画(国艦国造)」を発表し、その中でも最も中核的かつ注目されたのが「国産潜水艦計画」である。台湾国際造船が8~10隻のディーゼル電気推進式潜水艦を建造する予定で、初の国産潜水艦「海鯤(ハイクン)」は2023年9月に命名・進水式を行い、2025年11月に海軍に引き渡される[50]。 ロイター通信によれば、台湾の潜水艦建造計画には、アメリカ、イギリス、オーストラリア、インド、カナダ、スペイン、韓国を含む少なくとも7カ国から技術支援を受けているとされている[51]。 この「国艦国造」計画の一環である「鴻運計画」では、初の艦艇「玉山艦」が2022年4月に命名・進水式が行われ、9月に海軍へ引き渡された[52]。 また、海巡署による初の国産4,000トン級巡視艦「嘉義艦」、「新竹艦」、「雲林艦」、「台北艦」も、2021年以降順次進水・引き渡しが行われている。 国産航空機2020年6月、漢翔航空工業と国家中山科学研究院が共同開発・製造した高等練習機「勇鷹(ヨンイン)」が、台湾初の国産高等練習機として導入された。機体は全長13.7メートル、翼幅9メートル、高さ4.6メートルで、2基のターボファンエンジンを搭載し、最高速度はマッハ0.9に達する。2020年に試作機が初飛行を成功させた後、蔡英文政権で27機が空軍に引き渡されており、2026年までに全66機の納入が完了する予定である。これは、IDF戦闘機以来となる台湾による本格的な国産戦闘機の量産である[53]。 兵役制度改革馬英九政権時代に決定された「完全志願兵制度」は2018年から本格導入され、徴兵は4か月、代替役務は6か月に短縮された。しかし、2022年のロシアのウクライナ侵攻を契機に台湾海峡の安全保障が一層緊迫化し、徴兵制の復活を求める声が国内で高まった。その結果、同年末に「全民国防兵力構造強化調整案」が策定され、2024年から義務兵役期間が1年に延長された。同時に、部隊組織や戦力構成の全面的な見直しと再編が進行中である[54]。 情報戦部隊蔡英文政権は通信能力の強化を目的に、2017年に陸・海・空に続く第4の軍「情報電子戦軍(資通電軍)」を設立した。国防部直属の部隊として、サイバー戦、情報戦、電子戦などを担当し、2018年には初めて「統合電子演習」に参加した[55]。 予備役動員国防部は2022年、予備役指揮部と全民防衛動員室を統合し、新たに「国防部全民防衛動員署」を設立。教育召集は従来の5〜7日から14日に延長され、政府機関横断の連携体制も構築された。また、防空避難や戦時動員に関する知識の普及を目指し、「全民国防手冊(国民防衛ハンドブック)」の編纂も進められている[56]。 米国軍事支援米中対立の激化に伴い、アメリカ政府は台湾海峡の軍事バランスの崩壊に強い懸念を示した。トランプ政権下ではF-16V多用途戦闘機、AGM-88対レーダーミサイル、M1A2T主力戦車、FIM-92スティンガーミサイルなど11件の軍事売却が承認された[57]。また2020年以降は現役米軍将校が台湾に常駐し、台湾軍の訓練を担当している[58]。 バイデン政権下では、ウクライナ戦争によって台湾情勢がさらに緊迫化し、軍事売却は政権発足から4年間で19件に達した[59]。さらにアメリカ議会は2023年「国防授権法」を可決し、台湾を「主要非NATO同盟国」と正式に認定。2023年から2027年の間に最大100億ドル相当の軍事支援を無償で提供する権限を政権に付与した[60]。 司法![]() 司法改革2016年以来、蔡英文総統は「全国司法改革会議」を招集し、意見収集、問題討論、総括会議を通じて、学者や市民を広く招き入れ、司法制度の見直しを推進してきた[61]。 憲法訴訟2019年、長年運用されてきた大法官会議による通訳制度が廃止され、代わってドイツの制度を参考にした「憲法判決審査制度」が導入された。これにより、「司法院大法官事件審理法」は「憲法訴訟法」へと全面的に改正され、同年立法院で可決された。2022年からは、法律や命令の適用に違憲の疑いがある場合、個人または当事者が憲法裁判所に違憲審査を請求できるようになり、さらに個別事件の最終判決に対する憲法訴訟も可能となった。 裁判員裁判2019年、立法院は「市民裁判官法」を可決し、2023年から制度の運用が開始された。この制度の下では、懲役10年以上の刑罰または殺人を含む重大刑事事件について、専門裁判官3人と市民裁判官6人から構成される「市民裁判官法廷」が審理を行う。市民裁判官は、法律専門家以外の一般国民から無作為抽出で選ばれ、事実認定や量刑判断に関与する。また、専門裁判所には社会学、文学、生物学、医学など多分野にわたる学識経験者や一般市民が裁判官として加わり、専門裁判官とともに審理にあたる体制が整備された。 組織再編2019年7月から、最高裁判所および最高行政裁判所において、従来の判例・議決制度に代わる新たな機構として、刑事大法廷・民事大法廷・行政大法廷がそれぞれ設置された。これらは、異なる法廷間で法の解釈に相違が生じた場合に統一見解を提示する役割を担い、いずれも11人の判事で構成されている。また、2020年には、司法院公務員懲戒委員会が「懲戒法院」へと改組され、委員の呼称も「懲戒判事」と改められた。さらに控訴制度が新たに導入され、懲戒制度全体の透明性と公正性が強化された。 訴訟専門化訴訟の専門化を図るため、立法院は「労働事件法」「商事事件裁判法」「知的財産及び商事裁判所組織法」などの立法・改正を行った。これにより、労働紛争を専門に扱う「労働専門裁判所」が設置されたほか、「知的財産裁判所」は「知的財産及び商事裁判所」に改組され、商事訴訟の専門性と独立性が一層強化された。 労働一例一休2016年6月25日、週休二日制の実現を目指し、「一例一休」方式による「労働基準法」の改正案を提出した。この案は、休日賃金を引き上げることで労働時間を抑制し、あわせて7日間の国定休日を削除するという措置であった。 2016年12月6日、「労働基準法」の改正案が可決され、全国での休日制度の統一が達成された。改正案の施行前には週40時間労働となっていたため、当年の年間労働時間は2015年の2,103.6時間から2,034時間へと、約70時間減少した[62]。 最低賃金2016年以降、労働部は毎年最低賃金を引き上げており、2024年5月20日までに月給は20,008台湾ドルから27,470台湾ドルへと37.3%の増加となった。時給も120台湾ドルから183台湾ドルへと引き上げられ、増加率は52.5%に達した。 また、2023年12月には、与党の主導により立法院で「最低賃金法」が可決され、最低賃金の審議手続き、基準、評価メカニズム、ならびに企業雇用主による違反時の罰則が明文化された[63]。 教育108カリキュラム馬英九政権末期に物議を醸した「104カリキュラム」は、蔡英文政権の発足直後に廃止された。2019年には教育部が新たに「108カリキュラム」を発表し、「核心教養」に焦点を当てた教育改革が進められた。このカリキュラムは、自主学習、コミュニケーション、相互参加を重視している。 歴史科目では、従来の「時代史」アプローチから脱却し、文化制度史と社会の発展との関係に着目したテーマ別の「総合史」アプローチへと転換された。これにより、歴史教育の重点は皇帝や王朝の年表から、歴史的因果関係、社会制度の変遷、国民文化の交流へと移されている。 また、公民科目では、労働権が独立した章として取り上げられ、労働意識の向上や男女平等教育の強化が図られている。 そして、英語科目でも多言語教育を推進し、「2030年バイリンガル国家計画」を始動させた[64]。 大学入試制度についても、詰め込み教育の弊害を是正するための改革が進められている。2022年からは、大学入学試験において選択式ではない記述式問題が導入され、状況に応じた実践的な問題が出題されるようになった。受験者が知識とスキルを統合し、応用的に回答できるかどうかが評価される。また、従来の大学入試は一部科目の削除と記述式問題の導入を経て、「大学入学専門科目試験(大學入學分科測驗)」へと改称され、より柔軟かつ実践的な試験制度へと転換されている。 防疫初期段階:第1波2019年末の非常に早い段階で新型コロナウイルスがヒトからヒトへ感染する可能性について把握し、2019年12月31日の時点で世界で唯一WHOに照会していた[65]。2020年1月2日にはCDC(衛生福利部疾病管制署)が専門家会議を招集し、CDCの専門家2人が世界で初めて現地入りし、新型ウイルスの流行を確認した。 なおWHOは台湾の警告を無視し、結果的に初期の感染拡大の被害が大きくなったとされる[66]。 2020年1月に中国政府はようやく流行を認めたが、その前から「中央感染対策指揮センター」を設置し水際対策を含む予防措置を迅速に開始した。ジョンズ・ホプキンス大学は当初、台湾は感染拡大が中国以外で世界で最も深刻な国の一つになると予測していた。しかし蔡英文政権の対策により、予測とは正反対に世界で最も抑制に成功した国の一つになった。 蔡英文政権には、公衆衛生の専門家でもある陳建仁・陳其邁らがそれぞれ副総統・行政院副院長として要職についており、中央感染対策指揮センターで指揮官を務める歯科医である衛生福利部部長の陳時中を支援しながら防疫に取り組む体制が整っていた。陳其邁が行政院の省庁を跨ぎながら調整し、電気工学の専門家である経済部部長の沈栄津により1か月足らずで国内でのマスク大量生産の実現に成功、デジタルの専門家である政務委員の唐鳳(オードリー・タン)によるマスク在庫のデジタル可視化により流通の安定化にも成功した。蔡英文総統と蘇貞昌行政院長の中央指揮も奏功し、中国政府が実態を隠蔽する中、初動の対策で感染拡大と混乱発生防止に成功した[67]。 結果、台湾における感染者数・死者数は極めて少なく、わずかに発生する市中感染も厳格な対策により拡大を防いだことで台湾は日常生活を維持し、ロックダウンなどの措置を取らなかった世界でも数少ない国の一つとなった。 2021年3月31日時点で、台湾の累計感染者数は1,030人、累計死者数は10人であった。同日時点の日本の累計感染者数は473,234人、累計死者数は12,967人であり、台湾の人口が日本の人口の約5分の1であることを鑑みても、日本の約100分の1から約250分の1以下に抑えられていた[68][69]。 後述のように、蔡英文政権の支持率は過去最高の約75%を記録し、コロナウイルス対策の支持率は90%以上、不支持率は5%以下にまでなった。 マスク実名制アジアやヨーロッパの多くの国では感染拡大によりマスクの買い占めが起きた上に、流行の影響で生産ラインも停止したことで深刻なマスク不足に陥った。蔡英文政権は2月6日からマスクの「実名制」の実施を発表し、薬局でのマスクの購入の際、国民健康保険証(外国人は在留許可証)の持参が必須となった。初期には1人2枚までの購入制限や共通価格の設定を行い、生産の安定につれ徐々に数量を増やし価格を下げていくことで、混乱を最低限に収めた[70]。 マスクナショナルチーム台湾で流通するマスクの90%が中国本土から輸入されており、流行発生後にはマスクの自給自足を実現するため、工場でのマスク生産や生産ラインの増強を行い、最終的に生産量は週5000万個近くにまで達した。生産増強と実名制による需要と供給の両方の安定化以降は、外交戦略として余剰在庫を外国へ寄付することも可能になった。国内だけでなく国際的な協力にまで発展したことで、生産増強に関わった人々はマスクの「ナショナルチーム」と呼ばれた[71]。 マスクマップマスクの流通状況をデジタル化した「リアルタイムマスクマップ」が開発され、各薬局の在庫状況や営業時間をGoogleマップで表示することで、マスクを購入できる場所をリアルタイムで確認できるようになった。この政策は他国の注目を浴び、多くの国にも参考とされたシステムが開発された。その後、同様の技術を用いて、感染者の移動履歴マップやワクチンの接種マップなども開発された[72]。 流行のピーク:第2波2021年5月、大規模な市中感染が発生し、中央感染対策指揮センターは「警戒レベル3」への引き上げを発表し、主要産業の営業停止、店内飲食の禁止、公共施設の開放停止などの新たな措置を発表した。学校も対面授業を中止してオンラインの遠隔授業に切り替え、50人以上の集会を制限した。政務委員の唐鳳はヨーロッパ諸国に倣い、わずか3日間で「テキストメッセージリアルタイム連絡システム」を開発した。人々が公共施設を利用する際にQRコードをスキャンするだけで、感染症追跡用のデータが送信される。個人情報は防疫にのみ使用され、データは28日後に自動的に削除されるとも発表し、再び海外メディアの注目を集めた。 感染拡大は7月末で収束し、再びコロナウイルスのない日常生活を再開することに成功した[73]。 ポストコロナアルファ株やデルタ株などの致死性の高い変異株の流行を抑制したが、その後のオミクロン株の感染力は強くなった一方で重症度と死亡率は大幅に低下し、ワクチン接種率も上昇した。 蔡英文政権も2022年初頭に国境管理の緩和、10月には入国制限を全面的の解除を行い、外国人観光客のビザなし観光も再開した。 世論調査→「蔡英文政権に対する世論調査」を参照 就任式典が行われた発足時の支持率は約55%、発足100日目の支持率は約45%、不支持率は約35%だった。その後、さまざまな改革の強行による既得権益者の反発を受け、政権発足1周年で支持率は約30%まで低下し、不支持率は約60%に達した。 しかし、2019年の香港での逃亡犯条例改正案に反対する香港民主化デモに対し、蔡英文政権が民主主義に対する毅然とした姿勢を明確に示したことで支持率は徐々に上昇し、2020年総統選挙直前には支持率が過半数を回復し、再選を果たした[74]。 2020年の再選直後の新型コロナウイルスの流行への適切な防疫措置の成功によって、就任式典までに蔡英文政権の支持率は過去最高の約70%に達し、不支持率はわずか約20%になった[75]。 2023年、政権発足7周年で支持率は約50%となり、李登輝政権に次いで任期最終年に支持率が50%を超えた二人目の総統となった。また、2024年総統選挙では後任である頼清徳を当選させることに成功し、初めて同じ政党が3期連続で政権を握るという記録も樹立した[76][77]。2024年の退任前でも蔡英文政権の支持率は50%を維持し、支持率50%を維持しながら退任する初の政権となった[78][79]。これは、陳水扁政権退任前の支持率約15%、馬英九政権退任前の支持率約20%と比べ非常に高い記録であり、蔡英文路線が広く支持されている証左となった。 退任時に行われた蔡英文政権の8年間の評価についても、60%以上が「合格」と答え、政府や政治家、公権力への信頼感が低い台湾では異例といえる評価を残している[80]。 関連項目脚注
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