クイズ!家族ドレミファ大賞
『クイズ!家族ドレミファ大賞』(クイズ かぞくドレミファたいしょう)は、1976年4月4日から同年9月26日までフジテレビで放送されていた、音楽番組の要素を持ったクイズ番組である。全26回。放送時間は毎週日曜 12時00分 - 13時00分(日本標準時)。 毎回一般の親子3人によるチーム×5組が、音楽を題材にしたクイズに挑戦していた視聴者参加型番組。クイズのほか、毎回ゲスト歌手2・3組が歌を披露するコーナーもあった。 「親子で参加」とはなっていたものの、7月11日放送分からは様々な企画物を放送、これが後身の『クイズ・ドレミファドン!』に受け継がれていく。 出演者
オープニング口上毎回オープニングでは、司会者2人がテーマソングをバックに、チャンピオン大会の優勝賞品の協賛をした三菱自動車製の車に乗って都内のとある場所をドライブするシーンを映してから、2人による次の口上で始まる。
(この間、ゲストを紹介)
進行番組のコーナー構成、それぞれのコーナーで出題されるクイズ、クイズの点数はは以下のようになっていた。
クイズは「親子クイズ」を除き早押しで、正解チームは決められた点が加算、逆に不正解または誤答の場合は減点となり、解答者はバッテンマスクを着けて後部席に移動し、コーナーが終わるまで解答権を失う。 第1コーナーから第3コーナーまでは、それぞれのコーナーの終了時点において最高得点を獲得しているチームが「コーナーチャンピオン」に認定された。コーナーチャンピオンになったチームは小型カップを獲得、更にチームの代表者がサイコロを振り、その結果でもらえる賞品を決めることができた。なお最高得点者チームが複数あった時は、曲名当てクイズで正解したチームがチャンピオンとなる(総合得点は「イントロクイズ」開始前に発表される)。 そして追込みコーナーの「イントロクイズ」終了時点で最も高い得点を獲得しているチームが「家族ドレミファ大賞」に認定され、『見よ、勇者は帰る』のBGMと共に、特製トロフィーとステレオが贈られた。また、全チームに参加賞として、週替わりの玩具と電気オーブンレンジが贈られた。さらに、優勝チームを予想した観客(あらかじめ予想した番号のカードを持っている)にも応援賞品としてディズニー人形が贈られた。 番組は以上の方式での放送を繰り返し、家族ドレミファ大賞認定チームが5組に達したら、その5組による「グランドチャンピオン大会」を通常放送時と同じルールで開催した。この大会でも優勝したチームには乗用車「三菱・ギャランΣ1600カスタム」が贈られた。 この他、番組ラストではすぎやまこういちと水沢アキによる「すぎやまこういちプレゼントクイズ」があり、これは音楽に関する事をすぎやまと水沢が話し合った後、流れた曲を誰が歌っているのかの視聴者に当ててもらうクイズで、正解者には抽選で、放送回で参加者が獲得しなかった商品が贈られた。また、番組ラストで出場者席は一切映らず司会の柏村も登場しなかった。これは番組構成と性格上、収録や編集や番組進行に時間制約があったためであった。 コーナー各コーナーが始まる時は、番組キャラクター(八分音符を上下に二つ重ね、上には女、下には男の顔が書かれている)のパペットが踊りながら、「♪わかるかな、わかるかな、わかるかな、わかるかな、○○○○わかるかな~」の曲と共に始まる(「5曲連続クイズ」と「イントロクイズ」は除く)。これは『ドレミファドン』にも初期まで使用される。 5曲連続クイズ
パクパククイズ
ゲストクイズ
逆さ歌クイズ
親子クイズ
イントロクイズ
改題リニューアル番組は9月26日放送分をもってこのタイトルでの放送を終了し、その翌週に『クイズ・ドレミファドン!』と題してリニューアルした。このリニューアルで出場チームはペアに変更され、司会者も柏村と水沢から高島忠夫と明石直子に変更された。 なお、『クイズ・ドレミファドン!』の最終回で行われた「総集編特集」に、本番組の司会者である柏村と水沢は出席しなかった。また、番組がこのタイトルを冠していた当時の映像は1シーンも映らなかった。 主題歌
放送リスト
(参考:『読売新聞 縮刷版』読売新聞社、1976年4月4日 - 同年9月26日。、『朝日新聞 縮刷版』朝日新聞社、1976年4月4日 - 同年9月26日。、『サンケイ新聞』産経新聞社、1976年4月4日 - 同年9月26日。ラジオ・テレビ欄、『神奈川新聞』神奈川新聞社、1976年4月4日 - 同年9月26日。ラジオ・テレビ欄) 放送局
スタッフ
脚注
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