1973年の南海ホークスでは、1973年の南海ホークスの動向をまとめる。
この年の南海ホークスは、野村克也選手兼任監督の4年目のシーズンであり、1966年以来、7年ぶり12度目のリーグ優勝に輝いたシーズンである。
概要
このシーズンからパリーグでは前後期の2シーズン制が導入され、前期は南海がロッテとのデッドヒートを制して優勝し、後期は阪急が優勝。前年オフに富田勝を放出して巨人とのトレードで獲得した新戦力山内新一が20勝8敗防御率3.30(前期14勝、後期6勝)、松原明夫が7勝7敗防御率2.87と活躍した。後期の南海は対阪急0勝12敗1分と全く振るわなかった。両者対決のプレーオフでは誰もが阪急有利と見ていたが、ここで南海は意地を見せ3勝2敗で乗り切って見事リーグ優勝を決めた。余りに予想外の出来事に「死んだふり優勝」とも言われたが、野村監督は「死んだふりではない。それだけ阪急とは力の差があっただけだ」と振り返っている[3]。南海のシーズン勝率は3位で、パリーグ2シーズン制の10年間で3位以下のチームが優勝したのはこの年の南海だけである[4]。なお同年の日本シリーズでは川上哲治監督率いる巨人との対戦となったが、初戦を勝った以外打線が巨人投手陣に封じられ、さらにエラーなどから失点を重ねるなど投打ともに精彩を欠き1勝4敗で敗退[5]。野村監督が日本シリーズで胴上げされるのは、それから20年後の1993年にヤクルトの監督として当時日本シリーズで無敗だった西武を4勝3敗で破るまで待たなければならなかった。野村監督と当時の愛人だった沙知代夫人との間にこの年、待望の長男・野村克則が大阪で誕生した。
チーム成績
レギュラーシーズン
1973年パシフィック・リーグ順位変動
前期
順位
|
4月終了時
|
5月終了時
|
前期成績
|
1位
|
太平洋 |
--
|
南海 |
--
|
南海 |
--
|
2位
|
ロッテ |
1.0
|
ロッテ |
3.5
|
ロッテ |
2.0
|
3位
|
南海 |
3.0
|
太平洋 |
7.0
|
阪急 |
3.5
|
4位
|
日拓 |
4.5
|
阪急 |
10.0
|
太平洋 |
5.0
|
5位
|
阪急 |
5.0
|
日拓 |
12.0
|
日拓 |
12.0
|
6位
|
近鉄 |
7.5
|
近鉄 |
13.5
|
近鉄 |
13.5
|
|
後期
順位
|
8月終了時
|
9月終了時
|
後期成績
|
1位
|
阪急 |
--
|
阪急 |
--
|
阪急 |
--
|
2位
|
日拓 |
7.0
|
ロッテ |
6.5
|
ロッテ |
5.5
|
3位
|
ロッテ |
7.5
|
日拓 |
11.5
|
南海 |
13.0
|
4位
|
南海 |
10.0
|
南海 |
12.5
|
日拓
|
5位
|
太平洋 |
11.0
|
太平洋 |
15.5
|
太平洋 |
15.5
|
6位
|
近鉄 |
15.5
|
近鉄 |
23.0
|
近鉄 |
25.0
|
|
*優勝はプレーオフで決定。3位以下はプレーオフの結果に関係なく勝率順で決定
[2]
プレーオフ
1973年 パシフィック・リーグプレーオフ
日付 |
試合 |
ビジター球団(先攻) |
スコア |
ホーム球団(後攻) |
開催球場
|
10月19日(金) |
第1戦 |
阪急ブレーブス |
2 - 4 |
南海ホークス |
大阪球場
|
10月20日(土) |
第2戦 |
阪急ブレーブス |
9 - 7 |
南海ホークス
|
10月21日(日) |
第3戦 |
雨天中止 |
阪急西宮球場
|
10月22日(月) |
南海ホークス |
6 - 3 |
阪急ブレーブス
|
10月23日(火) |
第4戦 |
南海ホークス |
1 - 13 |
阪急ブレーブス
|
10月24日(水) |
第5戦 |
南海ホークス |
2 - 1 |
阪急ブレーブス
|
年間優勝:南海ホークス
|
日本シリーズ
1973年 日本シリーズ
日付 |
試合 |
ビジター球団(先攻) |
スコア |
ホーム球団(後攻) |
開催球場
|
10月27日(土) |
第1戦 |
読売ジャイアンツ |
3 - 4 |
南海ホークス |
大阪球場
|
10月28日(日) |
第2戦 |
読売ジャイアンツ |
3 - 2 |
南海ホークス
|
10月29日(月) |
移動日
|
10月30日(火) |
第3戦 |
南海ホークス |
2 - 8 |
読売ジャイアンツ |
後楽園球場
|
10月31日(水) |
第4戦 |
南海ホークス |
2 - 6 |
読売ジャイアンツ
|
11月1日(木) |
第5戦 |
南海ホークス |
1 - 5 |
読売ジャイアンツ
|
優勝:読売ジャイアンツ(9年連続17回目)
|
[1]
オールスターゲーム1973
できごと
選手・スタッフ
表彰選手
ドラフト
脚注
注釈
出典
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1930年代 | |
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1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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1945年は戦況悪化のため、公式戦を休止。合同チームによる非公式戦のみ開催。 |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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