大相撲令和5年7月場所
大相撲令和5年7月場所(おおずもうれいわごねん7がつばしょ)は、2023年(令和5年)7月9日から7月23日までの15日間、愛知県名古屋市中区のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)で開催された大相撲本場所である[1]。 概要
番付・星取表※赤文字は優勝力士の成績。 幕内
十両
優勝争い9日目を終えて、1敗で関脇・豊昇龍、平幕の錦木、北勝富士がトップに立った。 10日目には、豊昇龍が小結・琴ノ若に敗れ、2敗に後退。 11日目に、北勝富士が関脇・若元春に敗れ、2敗に後退。この時点で1敗で単独トップに立ったのは、錦木。2敗で豊昇龍、北勝富士、3敗で大栄翔、若元春、遠藤、伯桜鵬が追うこととなった。 12日目には、遠藤は琴ノ若に、大栄翔は玉鷲に、若元春も霧島に敗れ、4敗に後退。 豊昇龍と北勝富士の2敗同士の直接対決は北勝富士が猛攻の末、押し出しで勝利し、2敗を守る。 一方、錦木は新入幕の湘南乃海の小手投げに屈し、2敗に後退。 13日目、北勝富士は遠藤を圧倒し、2敗をキープ。錦木が伯桜鵬の内掛けに敗れ、3敗に後退。豊昇龍は霧島を寄り切り、3敗を守った。北勝富士が2敗で単独トップに立ち、それを3敗の豊昇龍、錦木、伯桜鵬が追うことになった。 14日目には、北勝富士は伯桜鵬と対戦、激戦となるものの土俵際の攻防を伯桜鵬が制した。 錦木は竜電との投げの打ち合いに敗れ、4敗。豊昇龍は若元春の注文相撲に対応し勝利。3敗で豊昇龍、北勝富士、伯桜鵬が並んだ。 千秋楽、北勝富士は錦木に勝利、3敗をキープ。直接対決となった豊昇龍と伯桜鵬は、豊昇龍が上手投げで勝利したことにより、豊昇龍と北勝富士の優勝決定戦となった。 決定戦では、両者押し合いの末、北勝富士の引きに乗じ、豊昇龍が押し出しで勝利。初優勝を決めた。 備考照ノ富士は、4日目から休場。貴景勝は初日から休場となった。また、新大関・霧島は肋骨の負傷により、初日から休場。4日目から異例の再出場となった。二関脇を倒すなどの活躍も見せるものの、14日目に朝乃山に敗れ、実質的に負け越し。来場所カド番となった。 三賞は殊勲賞に錦木。2日目に照ノ富士を破るほか、大関とりの三関脇を破る活躍が評価された。 技能賞は新入幕ながら、多彩な技や左四つの形が評価された伯桜鵬が受賞。 敢闘賞は、優勝争いに絡んだ北勝富士、伯桜鵬が無条件受賞。 千秋楽の勝利を条件に、豊昇龍、琴ノ若、豪ノ山、湘南乃海が受賞対象となり、全員が勝利したことにより、受賞が決定した。 三賞受賞者7人、受賞数8つは歴代最多の記録である。 また、伯桜鵬の初土俵から4場所で三賞受賞は歴代最速。錦木の初土俵から103場所で三賞受賞は歴代最遅となり、奇しくも歴代最速と最遅の三賞受賞が同場所で出ることとなった。 大関とりに挑んだ三関脇は、豊昇龍が12勝3敗を記録し、場所後の大関昇進を確実なものとした。大栄翔と若元春は序盤から中盤にかけて星を伸ばすも、後半は相撲が崩れ、ともに9勝6敗で場所を終えることとなった。 十両は12日目を終え、友風が単独トップに立つも、13日目に熱海富士に敗れ、後退。14日目には4敗の大奄美が3敗の熱海富士を破るほか、友風も輝に敗れ、4敗となったことにより、3人が4敗で千秋楽となった。 友風は北の若に敗れ、5敗。熱海富士、大奄美が11勝4敗の優勝決定戦となり、熱海富士が勝利、十両優勝を決めた。 脚注注釈出典 |
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