文字多重放送
「文字多重放送」(もじたじゅうほうそう、英:Teletext)とは放送信号の隙間(視覚・聴覚に影響の出ない部分)に、文字や図形などの符号化されたデジタルデータを多重(重畳)して送信される放送である[1]。 本項目では、1983年から2011年にかけて「テレビジョン文字多重放送」の1サービスとして提供され、現在はデジタル放送の1サービスとして実施されている「字幕放送」に関しても取り扱う。 テレビジョン文字多重放送「テレビジョン文字多重放送」は、日本で実施されたアナログテレビジョン放送の信号の垂直帰線期間の走査線に符号化された文字や図形情報を重畳して送信する放送である[1]。 1983年10月3日から、聴覚障害者向けのサービスを中心にNHKが文字図形情報を画素に分解して送出する「パターン方式」による実用化試験放送を開始し[2]、1985年11月29日からNHKと日本テレビ放送網が「ハイブリッド方式」による本放送を開始した[3]。テレビジョン文字多重放送は2011年まで実施された[1]。 歴史
世界初の文字放送(テレテキスト)は、BBC(英国放送協会/イギリス)のシーファクス(Ceefax)である[4]。シーファクスは1970年頃に聴覚障害者や少数言語話者に向けた補助字幕放送を『必要とする利用者に限定して提供する方法』として研究が始まり、1972年までに基本システムが完成した。この頃には字幕放送の他に各種ニュースソースや現在時刻の送出なども要件に盛り込まれた。1973年の中頃には試験放送が開始されたが、内容は無意味な文字パターンが並ぶテストページのみだった[5]。1974年9月23日にサービスを開始、BBCの視聴者に対し様々な情報を提供した。イギリスの文字放送システムは制御符号・英数文字・64種のモザイクパターンが全て7ビットコードで表され、仕様が簡素であることから殆どのテレビにデコーダーが搭載され、最盛期には週に2000万人の利用があった[4]。2012年10月23日、アナログ放送のサービスは終了したが、サービス自体は「Red Button」に名称を変えてデジタル放送に引き継がれた[4]。 日本では漢字の様に文字数が多くフォントROMが高額になることや、文字コードが複雑でビット誤りが起きた際の文字化けが人間側で容易に(想像による)訂正できないことから当初はパターン方式での放送が検討された[6][7]。NHKは1976年2月に文字放送に関する趣意書を発表し、1978年にはNHK技術研究所で文字放送や補助字幕放送の各種実験放送を行っている。この時に採用された仕様はCIBS方式と呼ばれる332×200ドットのモノクロビットイメージを垂直帰線区間を利用して送出する方式だった[5]。NHK方式以外にも朝日放送と松下電器(現在のパナソニック)が開発した方式もあった[8]が、1983年10月3日、東京と大阪のNHK総合テレビで、パターン方式による試験放送を開始[3][9][10]。ニュースと天気予報の他に、連続テレビ小説『おしん』の字幕放送も行われた。 文字多重放送の本格実用化にあたり、NHKが試験放送を実施してきたパターン方式と、民放各局が実験してきた情報を符号化して受信機側で文字・図形に再生するコード方式の要素を併せ持つ符号化伝送方式(ハイブリッド方式)の導入が1985年に決定し[7][11][12][13][14]、1985年11月29日にNHK総合(東京・大阪)と日本テレビがハイブリッド方式による文字多重放送の本放送を開始した[3]。NHKが全国でニュース・天気・生活情報などを提供する本格的な文字放送を開始したのは1986年11月29日である[15][16]。2008年3月31日、地上デジタル放送への完全移行の準備のため、字幕放送とNHKの一部サービスを除く文字多重放送の番組が全て終了し、データ放送に集約された。 日本のハイブリッド方式は、1986年にCCIRにより「CCIR Teletext System D(JTES)」として規格化されている。日本以外での採用例は韓国文化放送の文字多重放送「MINDS」がある。英国方式はSystem B(WST)で規格化され、仕様が簡素であることから世界規模で広く普及した。米国ではNAPLPSの仕様を組み入れたSystem C(NABTS)が規格化されたが、デコーダーが高価になることから支持されたのはWSTだった。 文字多重放送の特徴
コールサインかつては独自放送が行われていた関係で、主に大都市圏の放送局では「JO○○-TCMx」(xは独立系事業者が放送を行う場合に付与される連番。以下同じ)というコールサインが付与されていた。 その後、放送法改正で字幕放送が「本来業務」に加えられ実質義務化された関係で、字幕放送分のコールサインは本体に包含され、それ以外の独立データ放送部分のコールサインが「JO○○-TDMx」と改められた。このとき、字幕放送のためだけにTCMコールサインを取得していた放送局はコールサインが廃止された。 2011年7月24日(宮城・岩手・福島は2012年3月31日)の全国地上アナログ放送終了に伴い、TDMコールサインは全廃された。なお、デジタルテレビ放送は字幕も独立データも最初から含まれているため、独立したコールサインは無く全て「JO○○-DTV」でまとめられている。 独立文字放送実施局の一覧1999年3月31日現在。
海外における実施テレテキスト文字多重放送の英名(teletext)。一般にはテレビ放送に多重される文字多重放送の事を指す。日本では「文字放送」と同義語として使われるが、ヨーロッパでは「文字多重放送」と同義語として使われる事が多い。 ただ地上デジタル放送が始まってからは、それに対応するデータ放送への移行などから、字幕放送以外の独立番組が相次いで終了した。因みに、かつて海外向け国際放送のNHKワールドで放送されていた「NHK文字ニュース」は、地上アナログ放送の901#(ヘッドライン)と902#で放送されている内容が、BGMを加えた上でそのまま放送されていた(2007年度いっぱいで事実上終了)[注釈 6]。
クローズドキャプション字幕放送のこと。狭義には北アメリカで行われている字幕放送を指す。 →詳細は「クローズドキャプション」を参照
FM文字多重放送「FM文字多重放送」は、FMステレオ放送の信号の音声より上の周波数帯にデジタルデータを重畳して送信する放送である[1]。 NHKによって開発された、FM文字多重放送技術(DARC=Data Radio Channel)、その受信端末であるパパラビジョン、パパラジーコムについても本項で扱う。 概要「見えるラジオ(見えラジ)」という愛称で、エフエム東京(TOKYO FM)が1994年10月1日に開始したのを始めとしてJFN系列のラジオ局が用いて放送していた。わかりやすい愛称で全国的に展開されたため、FM文字多重放送一般を指す言葉として用いられる事があるが、TOKYO FMの登録商標(第4005056号)である。1画面は全角15文字×2行で、ラジオ番組と連動した番組情報、ニュースや交通情報などの独立情報、緊急時の緊急情報を見ることができた。 TOKYO FM・JFN系列では、AIR-G'を除き2014年3月31日を以てサービスを終了し[39]、その後もJR車内向け等に唯一放送を続けていたAIR-G'も2016年9月30日をもってサービスを終了した[40]。これについてTOKYO FMは「近年のインターネット環境の浸透で、携帯電話などで様々な情報を見ることができるようになり、見えるラジオの役割を果たし終えるのが妥当と考える」としている。 運用JFN系列以外のFM放送局においても実施された実績がある。
受信機![]()
字幕放送
「字幕放送」は日本で実施されている、主に聴覚障害者を対象にテレビ番組の音声を文字情報として提供するサービスである[42]。 概要字幕放送は放送映像とは別に字幕データが放送電波に載せられて送出されるもので、受信機側で表示と非表示を選択可能な「クローズドキャプション」の仕組みとなっている[43]。 →用語の説明や米国の事例については「クローズドキャプション」を参照
日本のアナログテレビジョン放送では、1983年10月3日に実用化試験放送を開始した文字多重放送の1サービスとして提供され[44]、日本のデジタルテレビ放送では受信機の標準機能として提供されている[45]。 字幕放送の放送地域は文字放送の開始当初は関東地方と大阪地域のみに限られていた[46]。その後、NHKについては1986年までに日本全国に放送地域を拡大した[15]。民間放送局では文字放送の開始からしばらくの間、字幕放送が実施されている地域は一部の地域に限られていたが、1997年の放送法の改正を契機に日本全国の民間放送局で字幕放送が実施されるようになった[47]。 テレビCMに関しては技術的な問題などから字幕放送が実施されていなかったが[48]、2010年になってパナソニックが日本で初めて字幕付きCMを試験的に放送し[49]、ライオン、東芝、花王などが2011年から2012年にかけてそれに相次いだ[48]。2015年から総務省はCMへの字幕導入に向けて放送局への資金助成を行い、2020年10月から関東地方の民間放送局5局の一部の放送枠で字幕付きCMの受け入れを開始[50]、2022年10月には全国の民間放送局で字幕付きCMの放送が可能となった[51]。 経緯アナログ放送1960年代ごろから日本の家庭にテレビが普及し始めていたが、聴覚障害者が情報を得るためにはとても障壁の大きい媒体であった[52]。全日本ろうあ連盟などの日本各地の聴覚障害者団体が番組への字幕の付加を求めた署名運動を行ったり[53]、郵政省や放送局各社に要望を出して、聴覚障害者がテレビから情報を得られるように交渉を重ねていった[52]。その結果、1977年4月から日本初の手話番組『聴力障害者の時間[54]』がNHK教育テレビ[54]で放送開始、字幕放送を含む文字放送の法令化についても陳情を行い、郵政大臣からその実現に向けて努力するとの回答を得た[52]。 日本における文字放送の開発は、1973年5月にそれぞれ発表された朝日放送と松下電器による「テレスキャン」システム、NHK総合技術研究所による「NHK Cシステム」が発端とされる[55]。朝日放送・松下電器の「テレスキャン」システムは報道番組の補完を目的として[56]、NHK総合技術研究所の「NHK Cシステム」は静止画放送の一形態として開発されたものである[57]。このうち「NHK Cシステム」についてはニュースなどの情報番組に加えて、当初から聴覚障害者向けの字幕を付加する補完番組も放送形態の一つとして考えられていた[57]。文字放送の実用化に向けた本格的な審議は1977年に始まり、1981年3月に技術基準が固まった[55]。1982年には文字放送の実施に向けた放送法と電波法の改正が行われ、同年の12月1日に施行された[55]。 →文字放送の規格などの技術面については「文字多重放送 § テレビジョン文字多重放送」を参照
それを受けて、1983年10月3日からNHKが関東地方と大阪地域で、社会的に要望の強かった聴覚障害者向けのサービスを目的とした文字放送の実用化試験放送を開始した[46]。なお文字放送の試験放送開始当初は、字幕放送は『連続テレビ小説 おしん』のみの実施となっていた[46]。この試験放送に関する聴覚障害者を対象にしたアンケートでは、『おしん』の字幕放送については概ね高評価が寄せられたが、全ての番組への字幕の付加やアダプターの低価格化などを望む声も寄せられた[58]。1984年10月からは月1回から2回程度の間隔で字幕放送を『連続テレビ小説』以外の番組についても実施した[59]。 1985年11月にはNHKと日本テレビが新方式による文字放送の本放送を開始した[60]。また、1985年12月には聴力障害者情報文化センターの一機関として字幕制作を目的とする「字幕制作共同機構」が立ち上げられ、NHKと民間放送局の字幕放送の制作を担うこととなった[61][注釈 7]。1986年には、NHK総合で実施されている文字放送の放送地域が日本全国に拡大され[15][16][63]、関東と大阪の民間放送局でも文字放送が順次開始された[61]。 なお、文字放送の開始当初は文字放送を毎日放送することが義務づけられていたため、番組の補完を目的とする字幕放送のみの実施は事実上不可能な状況となっていた[64][65]。北日本放送などが福祉的観点から字幕放送のみの放送を認めるよう郵政省に要望を出し[64]、1990年12月に省令の改正が行われて文字放送の毎日の放送を行う義務が「努力義務」へと変更された[66]。北日本放送ではそれを受けて字幕放送を目的とした文字放送の免許申請を行い[67]、1991年2月26日から字幕放送を実施している[64]。 しかし、文字放送が本放送を開始してから10年以上が経過しても、日本の字幕放送の普及は一向に進まず、諸外国の字幕放送実施率と比べて極めて低い水準が続いていた[68]。NHK総合テレビについては1997年の時点でテレビドラマに関しては全番組で字幕放送を実施[注釈 8]、字幕放送を実施している時間は全放送時間のうち10パーセント程度となっていた[68]。民間放送局に関しては1997年春の時点で、関東と関西の広域局と愛知県・福岡県・静岡県・富山県の4局が実施しているのみで、それ以外の1道28県の民間放送局では字幕放送は一切実施されていない状況となっていた[68]。またその放送時間についても、関東地区の民間放送局においても全放送時間の1パーセント程度に留まっていた[68][注釈 9]。 字幕放送の普及が遅れている放送局側の当時の理由としては、字幕を制作する期間と費用の問題や、字幕放送の実施に文字放送の免許を別途取得する必要があるという問題が挙げられていた[68][71]。具体的には、台詞の要約の難しさから1時間番組の字幕を制作するために4日程度かかり[68]、制作費についても1年間で1番組あたり1千万円から2千万円かかるという状況となっていた[71]。また、字幕放送を受信するために必要な文字放送受信機についても、文字放送自体の普及の遅れから低価格化が一向に進まず、聴覚障害者にとって金銭的に負担が大きい状況が続いていた[71][72]。 厚生省は1994年度から文字放送受信機を身体障害者への支給対象に加えた[52][73]。障害等級を問わず、補聴器を付けても音が聴こえにくい人を対象とし、文字放送受信機内蔵テレビについてもデコーダ相当額を支給の対象とした[73]。 また、郵政省は1996年から字幕放送および、同様に実施率の低かった解説放送の実施を地上波テレビ局全局に義務づけ、その放送時間に最低基準を設ける検討を始めた[74][75]。また、民間放送局に対する字幕放送製作への助成金についても1997年度から増額する方針が決められた[76]。1997年に字幕放送と解説放送の制度改革を含む放送法の改正が行われ、5月21日に施行された[77]。この改正では、多重放送の免許なしに字幕放送と解説放送を行えるように免許制度を変更したほか、放送事業者は、字幕放送と解説放送をできる限り多く放送することを求める努力義務が盛り込まれた[77][78]。また、1997年11月には郵政省が2007年を目標に原則として全放送番組で字幕放送を実施する方針を示した[79]。ただし、この方針では7時から24時までの番組を対象とし、技術的に困難という理由からニュースやスポーツ中継などの生放送番組についてはその対象から除外されていた[80]。 その結果、NHKでは総合テレビのみの実施だった字幕放送を1997年10月5日からはNHK衛星第2テレビ[81]、1999年1月4日からNHK教育テレビでも実施するようになった[82]。民間放送局でも1997年7月末の時点で14社だった字幕放送実施局が1998年7月末には113社に増加し、放送エリアも日本全国へと広がった[47][注釈 10]。 2000年4月には、NHKが『NHKニュース7』内で従来字幕の付加が困難とされていた生放送番組としては初めての字幕放送を開始した[83]。 →生放送の番組に字幕を付加する技術の詳細については「リアルタイム字幕放送」を参照
備考
運用開始とその拡大
実態
着色・表現
現在使用中の「字幕放送」テロップ
NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京
その他の無料BS局
関連項目
脚注注釈
出典
参考文献
外部リンク
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