クイズ100人に聞きました
『クイズ 100人に聞きました』(クイズ ひゃくにんにききました)は、1979年4月2日から1992年9月28日までTBS系列で毎週月曜日の19:00 - 19:30(JST[注 1])に放送されていたクイズ番組である。司会は関口宏。2003年2月3日から2009年1月26日までCS放送のTBSチャンネルにて再放送されていた。 概要一般人100人に対して行ったアンケートを設問とし、その結果を推測して解答するという独自形式のクイズ番組である[1][2]。これはアメリカABCのクイズ番組『ファミリー・フュード』(フリーマントルメディア制作、1976年開始、2025年現在も放送中)がベースとなっている。 当初は1978年4月2日から1979年3月25日まで『家族対抗クイズ合戦』(毎週日曜14:30 - 15:00、一部地域のみ)として放送、これが好評だったため、ゴールデンタイムへ移動・ネット局拡大・番組タイトルを改題して1979年4月2日に本番組(『クイズ 100人に聞きました』)の放送が開始された。番組名こそ変わったが、司会者や番組内容は全く同じである。 放映データ通常放送
司会スタイル
声援解答後のアタック音の最中に、観客の「ある!ある!ある!」の声援があり、これが番組の定番フレーズとなる。また、正解になりそうもない解答をした時は、観客は一瞬の間の後「ある!ある!ある!」の他に「ない!ない!ない!」も入り混じった声援を送っていた。なお、この声援は番組開始当時はなく、アタック音のみであった。スタッフから観客への指示ではない。 進行役とナレーターの役割分担番組の特色として、橋本テツヤのナレーションによる番組進行が売りであった。番組のタイトルコール、出場チームの紹介・進行役の紹介、冒頭の提供読み[注 3]、宿題クイズの応募のお知らせ、トラベルチャンスの説明、番組のエンディングの挨拶、視聴者プレゼントのお知らせもナレーションの橋本が一括して担当していた。 これは番組構成上、番組進行と収録を円滑に行い、司会の関口が進行役、橋本が屋根裏のアナウンサーという体裁をとっていたことやマンネリ化を打破、更には関口への負担を軽減するためであった。したがって橋本が実質的に総合司会的な役割を持ち、関口は番組のタイトルコール、出場チームの紹介・進行役の紹介や番組のエンディングでの締めの挨拶は一切していない。過去に1回だけ、司会の関口が進行役と屋根裏のアナウンサーの二役を務めた回もあるが、これは橋本が都合により収録を休んだためである。オープニングの関口の登場時には、橋本が「「クイズ100人に聞きました」進行役は、○○な(内容は毎回変わる)せきぐちーひろし」と紹介していた(初期は姓の語尾をあまり伸ばさなかった)。『クイズまるごと大集合』では「おおはしーきょせん」や「ビートーたけし」もあった。 ナレーション担当による番組進行は、アメリカのクイズ番組(ゲームショー)やスタジオトークショーでは一般的な形式で、この番組はその形式もまるごと取り入れている。同様にアメリカの番組『ザ・プライス・イズ・ライト』を翻案したTBSの『ザ・チャンス!』や、『マッチ・ゲーム』を翻案したフジテレビの『アイ・アイゲーム』も、同様な形式になっていた。 最終回出場者応募の減少とTBSの番組編成見直しにより、1992年9月28日に放送された1時間スペシャルをもって終了し13年半の歴史に幕を下ろした。この最終回1時間特番は公開生放送による「感謝大棚ぞろえスペシャル」として行われ、芸能人が多数出場した。
通常放送終了後のリバイバル
趣旨問題レベル
オープニング
ルール通常問題
特別企画でのルール1時間に拡大して放送される特番(大学対抗ゲスト大会)などでは次のルールが適用された。
宿題クイズ40分放送時に設定されたコーナーで4問目終了後に行われ、100人から調査した結果の内1つを視聴者が当てるコーナーで大抵は1位だが1位が圧倒的多数の場合2位または3位を当てるコーナーである。それ以外の答えはあらかじめ開かれ、ヒントとしている。問題の答えを応募して正解者から抽選で百太郎のぬいぐるみがプレゼントされる。宿題クイズの解答は次週に「おさらいクイズ」として宿題クイズの後に前回の宿題クイズの解答が発表される。答えの数は通常問題に比べ少ないケースが多かった(答え4 - 6つが殆ど、稀に3つということもあった)。30分に戻った後は直前の問題を宿題クイズとしていた。まれに第1問出題前に行う時もあった。クイズのヒントとして司会者から「宛先、その他は屋根裏の○○がご案内します」と○○の部分には正解のヒントになることを言っていた(TBSチャンネルでの再放送では一部の回をのぞき、CM前に入っていたためその部分はカットされている)。 作戦家族対抗のクイズ番組ということもあり、作戦的なものはほとんど存在せず、純粋に答えを出し合って競うことが基本だが、稀に「勝敗にこだわった」作戦を実行するチームも存在した。それは、最終問題でリードしているチームが最初の解答権を取るが、その後何も解答しなかったり故意に間違えて、お手付き3つで負けている後攻チームにそのまま解答権を移すことが数回あった。これで後攻チームが正解して点数が2倍になっても相手チームの点数に追い付かず、負けてしまう可能性がある。点数差が100点以上の時に起こりやすく、後攻チームの解答権が1回であることが要因であるが、後攻チームがそれに気づいたとしても対抗策がなく、どうすることもできない。 トラベルチャンス
賞金
団体戦ルール1992年8月10日、17日、24日放送の「夏休み高校生大会」(第2次予選)や「クイズまるごと大集合」などでは団体戦で行われる事もあった(なお、『クイズまるごと大集合』では1990年秋の回(1990年10月2日放送)から)。ルールは以下の通り。
スタッフ
変動
ネット局
補足
書籍
パロディ
クイズ100人に聞きました形式のクイズを行っていた番組
脚注注釈
出典
関連項目
|
Portal di Ensiklopedia Dunia