令和元年東日本台風
令和元年東日本台風(れいわがんねんひがしにほんたいふう、令和元年台風第19号、アジア名:ハギビス/Hagibis、命名:フィリピン、意味:すばやい)は、2019年(令和元年)10月6日3時にマリアナ諸島の東海上で発生し、12日に日本に上陸した台風である[1]。静岡県、関東、甲信、新潟県、東北地方などで記録的な大雨となり、甚大な被害をもたらした。またこの台風は、昭和54年台風第20号以来、40年ぶりに死者100人を超える台風となった。 日本政府はこの台風の被害に対し、激甚災害[2][3][注釈 1]、特定非常災害(台風としては初)[4]、大規模災害復興法の非常災害(2例目)[5] の適用を行った[6]。また、災害救助法適用自治体は14都県の390市区町村であり、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)を超えて過去最大の適用となった[2][7]。被災者向け避難所が最後に閉鎖されたのは発生翌年の2020年3月23日、福島県伊達市においてである[8]。 台風の動き10月1日頃にマーシャル諸島近海で形成が始まった低圧部が、5日3時に熱帯低気圧に発達した。合同台風警報センター(JTWC)は同日11時30分(UTC 2時30分)に熱帯低気圧形成警報(TCFA)を発し、18時(UTC 9時)に熱帯低気圧番号20Wを付番した。20Wは翌6日3時に南鳥島近海の北緯15度5分、東経158度10分で台風となり[9][10]、アジア名ハギビス(Hagibis)と命名された。 台風は平年よりも高い海水温の領域を通過しながら急速に発達し、7日18時には、同時刻までの24時間での気圧低下77hPaを記録。発生からわずか39時間で中心気圧915hPaとなり、猛烈な勢力[注釈 2]に発達した[12][13]。勢力を維持したまま小笠原諸島に接近し、10日21時に非常に強い勢力へ[14]、12日18時に強い勢力になる[15]。同日19時前に大型で強い勢力で静岡県伊豆半島に上陸した[16][17]。上陸直前の中心気圧は955hPa、最大風速は40m/s[16] で、その後は関東地方と福島県を縦断し、13日12時に三陸沖東部の北緯41度、東経147度で温帯低気圧に変わった[18]。なお、この台風から変わった温帯低気圧は10月14日前後にベーリング海付近で急速に発達し、中心気圧は952hPaに達した[19][20]。その後も衰弱しながらベーリング海を進み続けたが、23日15時に東経域からやってきた別の低気圧に吸収され、消滅した。 また、台風19号が猛烈な勢力を維持した期間は7日21時から10日21時までの72時間となり、第1位の昭和53年台風第26号の96時間、第2位の平成30年台風第22号の90時間、第3位の平成16年台風第16号の78時間に次いで、第4位を記録した[21][22]。 台風19号の特徴としては、発生後まもなく猛烈な勢力に発達し、その後北上しても大きくは勢力が弱まらず、本州に接近するまで非常に強い勢力を保ったままであったことが挙げられる。その要因として、発生後初期には海面水温30℃以上(平年比+1℃以上)の海域を進み、日本のすぐ南の海面水温も27℃以上と平年より1℃から2℃高く、エネルギー源となる水蒸気を多く取り込んだこと、また乾燥した空気などの台風の勢力を弱める要因も小さかったことが挙げられる[16]。 例年は10月になると台風は偏西風の影響で日本の南で東に進路を変え遠ざかる場合が多い。一方、台風19号が発生した時期には平年より偏西風が北に偏り、太平洋高気圧も広く張り出していたため、台風はゆっくりとその縁をまわるように北上し、東日本に上陸する経路となった[16][23][24]。
名称この台風は当初、台風番号の基準に基づき令和元年台風第19号と呼ばれていたが、2018年(平成30年)に日本の気象庁が定めた「台風の名称を定める基準[25]」において浸水家屋数が条件に相当する見込みとなったため、1977年(昭和52年)9月の沖永良部台風以来、42年1か月ぶりに命名される見通しとなり[26]、2020年(令和2年)2月19日、気象庁はこの台風について「令和元年東日本台風」と命名した(同年発生した令和元年房総半島台風〈台風15号〉と同時に命名)[27]。気象庁が命名した台風の誕生は平成以降および21世紀では初の事例となった。
狩野川台風との類似性![]() この台風が日本に接近しつつあった10月11日、気象庁は記者会見を開き、「台風19号は非常に強い勢力を保ったまま、12日に東海地方または関東地方に上陸する見込みで、静岡県伊豆地方を中心に甚大な被害をもたらし1,200人以上の死者・行方不明者を出した、1958年の狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となる恐れもある。」と発表し、警戒を呼びかけた[28][29][30][31][32][33][34][35][36][37]。会見した梶原靖司予報課長は、この狩野川台風を例示した理由について、「台風19号で予想される現象あるいは災害の程度が著しいということから例に挙げた」と説明し、「狩野川台風が取った進路や勢力あるいは北上の速度なども、台風19号と類似している点がある。あるいは台風の大きさなども含めて。」とし、「そういった類似性も高いため、説明に用いる判断をしたところです。」と語ったという[30]。 この台風も、狩野川台風と類似した進路を辿って12日に伊豆半島に上陸したが、61年前に狩野川台風により甚大な被害を受けた静岡県伊豆の国市では、「狩野川台風級」との警告により住民の迅速な避難につながって、犠牲者もゼロとなった[38]。また、狩野川台風後に整備された狩野川放水路が開放されたことで放水路は効果を発揮し、狩野川は氾濫に至ることはなく、本流での河川堤防の決壊や氾濫被害が食い止められた[31]。まさに、過去の記憶や教訓、あるいはそれにより進められた対策などが、流域の被害軽減につながった成功事例と言える[39]。ただし本流の氾濫被害を食い止めた一方で、沼津市や函南町などでは、狩野川の水位が上昇して支流から排水しきれずにあふれる支流域で内水被害が発生し、流域自治体からは第2放水路の整備を求める意見も出るなど、治水対策に新たな課題が突きつけられた[31]。国土交通省沼津河川国道事務所のまとめによると、この台風の総降水量は伊豆市の湯ケ島雨量観測所で(狩野川台風を上回る)778mmを記録。長時間にわたり激しい雨が降り、清水町や長泉町の観測所では氾濫危険水位を一時越えた[31]。台風接近に伴う水位上昇を見込み、同事務所は12日午前5時40分から放水路を開放して、翌13日午前11時頃まで分流した結果、放水路が無い場合の想定に比べ、実際の水位は1.85m下回ったと推計する。放水路が無かった場合には、越水や決壊が発生し、沼津市や伊豆の国市などで1万6千戸の家屋、鉄道や道路が浸水すると同事務所は想定する。 気象状況![]() 台風の接近と秋雨前線の停滞により、関東甲信地方、静岡県、新潟県、東北地方では、各地で3時間、6時間、12時間、24時間の降水量が観測史上1位を更新するなど、記録的な大雨となった[40]。これらの地域では台風が上陸する前から活発な雨雲が断続的に生じ、広範囲で強い雨が降り続けた。特に神奈川県箱根町では、降り始めからの降水量が1,000ミリを超え、10月12日の日降水量も全国歴代1位となる922.5ミリを観測した[41]。また、10月12日の北日本と東日本のアメダスで観測された総降水量は73,075ミリ(1地点あたり119.2ミリ)で、比較可能な613 地点で1982年以降の1日の降水量として最多となった[16]。 気象庁は12日15時30分に大雨特別警報を静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県の7都県に発表し[42]、19時50分に茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県に[43]、13日0時40分に岩手県にも発表した[44]。半日で13都県での発表は、3日で11府県に発表された平成30年7月豪雨を超え、特別警報の運用を開始して以来最多の発表数となった。 10月12日午後に気象庁は会見で、台風19号の特徴について「台風の中心の北側に非常に発達した広い雨雲があり、記録的大雨となった」と説明した。台風の接近・上陸にともない、東や南東からの暖かく湿った風が関東の秩父、丹沢や静岡の伊豆半島、東北南部などの山々にぶつかることで上昇気流が生じ、広い範囲で雨雲が次々と発生したという[45]。気象庁は10月24日に発表した解析結果で、記録的大雨となった要因として下記のように説明している[16]。
また各地で高潮となり、静岡県の御前崎(御前崎市)や石廊崎(賀茂郡南伊豆町)、神奈川県の小田原市などでは、観測史上最高潮位を記録した[40][46]。 以下の10月10日0時~13日24時までのアメダス計測値は、国土交通省が発表した資料より引用する[47]。
被害・影響人的被害![]() この台風の影響で、洪水や土砂に襲われ亡くなった者が続出した。死亡した際の状況が判明した64人を毎日新聞が分析したところによると、住宅内で水や土砂に襲われ死亡したのは27人で4割超を占め、少なくとも3割近い17人が車での移動中に死亡したとされている[注釈 3][48]。 もっとも人的被害が大きかったのは福島県で、死者は30名となった。被害が最大となった理由は、阿武隈川流域での多くの河川の氾濫で郡山市、須賀川市、本宮市、伊達市、白河市などで幅広く決壊したためで、2階まで浸水した家屋も多くあった。1986年(昭和61年)に「8.5水害」が発生し、その際にも大きな被害があり、1998年(平成10年)から約3年間で800億円以上の予算が組まれ改修されたが、川内村では、雨が降り出した11日午後から13日昼の間のおよそ2日弱、その間に3か月分ほどの雨が降ったことなどがあり、想定を上回る被害となった[49]。 次いで人的被害が大きかったのは宮城県で19名、特に丸森町での死者数は11名に上った。阿武隈川の支流での破堤や支流の上流での土砂崩れがその要因として挙げられている[50]。 台風通過前には、千葉県市原市で10月12日午前8時ごろに竜巻のような激しい突風が吹いた[51]とみられ、横転した軽トラックの中から男性1名が意識不明で発見され、その後、病院で死亡が確認された[52]。また同市を管轄する市原市消防局市津消防署の消防車両3台が、竜巻のような突風の影響でフロントガラスが割れ、出場不能になるなどの被害を受けた。静岡県御殿場市では2人が川に流され、1人は救助されたが[53]1人は死亡が確認された[54]。 12日には群馬県富岡市の内匠で住宅の裏山が崩れ、2棟が全壊した。これにより男性1名が死亡、住民2人と一時連絡が取れなくなっていたが[55][56]、13日に死亡が確認された[57]。同日午後7時ごろに長野県東御市で千曲川にかかる田中橋の近くの道路が陥没し、車3台が転落。乗っていた人のうち3人は救助されたが残りの1名は死亡[58]が確認された[59][60]。 また同日23時ごろ、神奈川県川崎市沖合3キロほどの東京湾上で、パナマ船籍の貨物船「JIA DE ジア・デ」(1,925トン)の乗組員が漂流しているのが見つかった[61]。中国人7人、ミャンマー人3人、ベトナム人2人の合計12人の乗組員のうち4人が救助され、7人が死亡、1人が行方不明となっている[61][62]。第三管区海上保安本部によると、貨物船は台風のため東扇島沖合に停泊していたが[62]、台風接近時に沈没したものとみられている[61]。その後の調査で12日の21時29分の送信を最後にAISの信号が途絶え[63]、翌13日早朝、海中に沈んでいる所を発見された[62]。この事故で重油が流出し、千葉県富津市のノリ養殖用ブイに重油が付着した[64]。同じ川崎市では多摩川からのバックウォーター現象によって、右岸支流の平瀬川近くのマンション1階部分が浸水。これにより男性1名が死亡した[65]。また沈没が確認された貨物船ジア・デ号は、2020年2月に引き上げ作業が行われ、船内から行方不明であったベトナム国籍の乗組員が発見された[62]。 13日午前10時ごろには福島県いわき市で、浸漬した家屋からの救助のため、消防ヘリコプターにけが人の70代女性を収容しようとしたところ、誤って約40メートルの高さから地上に落下する事故が発生した。女性は同市内の医療機関に搬送されたが死亡が確認された[66][67]。ヘリコプター側のワイヤと救助機材をつなぐ金具がかけられておらず、収容時に隊員が確認を怠ったとみられる[68]。この事故を受けて東京消防庁は同日午後に記者会見を開き、「活動中の手順を誤った」として謝罪した[69]。 14日午後には、日野市の多摩川河川敷で路上生活者とみられる70代ほどの男性の遺体が発見され、解剖により溺死と判明した。台風との関連が不明であったため災害関連死には含まれていなかったが、市が警察と協議した結果、関連死として判断された[70][71]。なお、河川敷に住んでいたホームレスの被害状況の全容は不明。 2020年10月13日に発表された消防庁の報告書によると、この台風による死者・行方不明者は108人となり、平成16年台風第23号や平成23年台風第12号の98人を超え、平成以降の日本における台風被害で最悪の規模となった。
建造物被害2020年10月13日18時時点で全国で100,621棟の住家に被害が確認されている[73]。
東京ヤクルトスワローズの二軍本拠地であるヤクルト戸田球場が水没、施設そのものが使用できなくなった。これがきっかけとなり二軍本拠地を茨城県守谷市に移転する計画が策定され、2027年の稼働を目指すこととなった[74]。 川崎市市民ミュージアムは地下が水没し、所蔵品が水浸しになる被害を受けた。 河川・湖沼の水害画像・動画 ![]() 阿武隈川や千曲川の堤防が決壊するなど河川の氾濫・決壊が相次ぎ、国土交通省によると、この台風により浸水面積は国管理河川だけでも約2万5,000ヘクタールに達した。この被害は西日本豪雨(平成30年7月豪雨)の約1万8,500ヘクタールを上回った[75]。 決壊2020年(令和2年)4月10日9時現在において以下の河川の決壊が確認された[76]。
溢水・越水氾濫画像・動画 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2020年(令和2年)4月10日9時現在において以下の河川の溢水・越水氾濫が確認された[79]。
ダムの緊急放流相模川水系城山ダムの水量が増えたため、神奈川県は10月12日17時から異常洪水時防災操作(緊急放流)を行うことを予告し、相模原市は流域の住民に避難指示を発令した[85]。しかし増加が想定よりも低かったため、緊急放流の開始を遅らせることが発表された。21時に改めて、22時から緊急放流することを発表した[86]。その後、水量の増加により、予定を前倒しして21時30分より放流を行った。また花園川水系水沼ダムでも、12日20時50分より緊急放流を実施している[87]。 このほか、利根川水系の下久保ダム、荒川水系の二瀬ダム[88]、鬼怒川流域の川治ダム、川俣ダムでも緊急放流を一時検討していた[89]。 塩原ダムや竜神ダム、高柴ダム、美和ダム、菅平ダムなどでも実施された[90]。 また、福島県南相馬市の高の倉ダムも12日22時過ぎに緊急放流を行い、水無川、新田川で氾濫した。NHKなどでは「北長野地区で氾濫」と発表したが、上高平地区でも氾濫している。 治水効果![]() 災害による甚大な被害の一方、埼玉県北部・東部(桶川市・上尾市を除く)や東京都(世田谷区を除く)、千葉県北西部(野田市を除く)、神奈川県北部などの東京圏では、100年に一度の大雨を想定した治水工事の効果が発揮された。荒川第一調節池や渡良瀬遊水地、田中調節池では史上もっとも多い水を貯留し、首都圏外郭放水路や神田川・環状七号線地下調節池もフル稼働した。そのほか、高規格堤防で荒川下流・江戸川下流の堤防が、首都圏氾濫区域堤防強化対策(大抵の重要水防箇所は高規格堤防整備済み)により利根川中流・江戸川上流の堤防が強化されたことも決壊防止に効果を上げた。 鶴見川多目的遊水地(新横浜公園)も貯留機能を発揮して下流域への氾濫を防いだ。公園内にある横浜国際総合競技場は1階駐車場に水が流入したが、直後の10月13日にはラグビーワールドカップ2019の日本対スコットランド戦が開催されている[91]。 運用開始前だった八ッ場ダムは10月1日に試験湛水が開始されたばかりで、国土交通省によれば最高水位に達するまで3か月から4か月程度かかるとみられていたが、11日未明から13日朝までに累計347ミリの雨が降り、山間部から流れ込んだ水で水位が約54メートル上昇し、ほぼ2日で満水となった[92]。 交通![]() ![]() 東北地方から関東北部・甲信地方を中心に、多数の交通網が土砂災害や浸水による被害を受けた。中でも、特筆すべき被害として、千曲川決壊にともなう北陸新幹線への影響と、東京都八王子市から神奈川県相模原市にかけての小仏峠・大垂水峠一帯での交通網寸断が挙げられる。 北陸新幹線は、千曲川の決壊により長野駅 - 飯山駅間で信号電源装置が被害を受け[93]、長野駅 - 上越妙高駅間が10月25日まで約2週間運休になった[94][95] ほか、長野新幹線車両センター内に留置していたE7系・W7系車両10編成120両(北陸新幹線用車両の約3分の1)が冠水被害を受け[96]、最終的には全編成が廃車処分となったほか、電気設備などの車両基地設備も被災した[64]。報道では、鉄道車両の被害金額だけでも、代替車の新造費用を含み約418億円を超え[97]、かつ長期間のダイヤ削減を余儀なくされた[98][99]。 また、小仏峠・大垂水峠一帯で、道路(中央自動車道・国道20号)・鉄道(中央本線)が被災し、特急「あずさ」「かいじ」「富士回遊」「はちおうじ」「おうめ」が10月27日まで運休になる[100] など、東京都と山梨県の間の主要ルートが一時寸断されたことから、国土交通省が迂回路に関する情報を提供した[101]。東海旅客鉄道(JR東海)はおもな施設被災はなかったが、中央線の運休などを受け、東京 - 山梨間の迂回ルートを確保するために身延線の輸送力を増強(定期列車の延長運転や臨時列車の運転)した[102]。 道路![]() 高速道路では、東北自動車道や東名高速道路など13路線・15区間(10月13日13時現在)で、法面の崩落などの被害を受けた[64][103]。このうち、以下の箇所で長期にわたる影響が出た。
国直轄国道では17路線39区間が被害を受け[108]、11月25日9時分現在、以下の1路線1箇かで通行止めが続いていたが[109]、11月29日に応急仮設橋をにより復旧を行い解除された[110]。 また、補助国道(都県管理)でも38路線62区間が被災し[108]、2020年5月3日現在、5路線6区間で通行止めが続いている[111][112]。 路線バス事業者では、福島交通郡山支社が逢瀬川(阿武隈川支流)の氾濫により浸水被害を受け[113]、営業所が所有するバス90台が水没したため、郡山市内70路線で運休が発生。20路線で運転再開にこぎ着けたものの、福島空港リムジンバスを含む残りの路線の運行再開には時間がかかる見通しである[113]。2019年12月5日現在でも、一部の路線バスと高速バスの運休や路線バスの迂回運行、定期乗車券などの対応措置が取られており[114]、車両手配の都合により運休が続いていた高速バス福島 - 郡山線はJR東北本線との競争による収益性の悪さもともない、そのまま廃止が決まった。また、長電バス本社および長野営業所が浸水被害を受けた[115]。2020年1月10日現在、合計で2事業者4路線が全面運休、9事業者15路線が一部運休している[112][116]。 タクシー関係では60事業者で計219台が被害を受けた[116]。 鉄道![]() 12日終日および13日14時ごろまで、関東甲信地方を発着する路線を中心に広く計画運休が実施され[64][117][118][119][120]、計画運休を含め83事業者・254路線で運転休止となった[121]。 以下は10月15日15時現在[122] および10月16日12時30分現在[123] で国土交通省がとりまとめた、施設が被災した路線。
西日本旅客鉄道(JR西日本)では、北陸新幹線の運休を受け、1年5か月の間[126]金沢駅 - 米原駅間の特急「しらさぎ」の輸送力増強(増結)を実施した[127]。 航空成田空港では12日11時から13日5時までの間旅客機の着陸を制限したことから、空港に来てから欠航を知った旅客ら約1,500人が滞留する事態となった[128]。 羽田空港では12日から13日5時の間、旅客機の着陸を制限した。また一部エプロン・誘導路が冠水した[129]。 国内外の空港へ航空各社の航空機の避難が行われたため、各地の空港では駐機場などを最大活用して駐機を実施した。新千歳空港では駐機場だけでは足りず、B滑走路を閉鎖して滑走路上に駐機を行った[130][131]。 また、北陸新幹線の代替輸送機関として、東京/羽田 - 富山・東京/羽田 - 小松の2路線で臨時便運航や機材変更により対応していた[132]。 イベントなどへの影響台風が予報されたことにより中止・延期となったおもなイベントは以下の通り。 国の式典
スポーツ
音楽イベント
伝統行事・祭り
公営競技
国家試験・資格試験
その他イベント
産業への影響農林水産業農林水産省によると、2020年10月23日時点で農林水産関係の被害額は、10月25日の大雨によるものも含めて3,446億円超えとなった。このうち、農地の損壊やため池・用水路などの農業用施設の被害額が2,101億円、コメやリンゴなどの農作物の被害額は159億円となっている。また、林道や木材加工の施設などの林業関係の被害額は805億円、漁港の施設など水産関係の被害額が134億円などとなっていて、引き続き調査中である[187]。 製造業
その他福島県で除染廃棄物が川に流出→「平成27年9月関東・東北豪雨 § 東北」も参照
福島県田村市は、10月13日、台風19号の大雨による洪水により、福島第一原発事故後の除染廃棄物を詰めた袋が古道川に流出したと発表した。重さは1袋当たり数百キロから1トンほど。2,667袋を保管していた[191][192]。なお、同様の流出は平成27年9月関東・東北豪雨においても発生していた。 郡山市での家庭ごみの処理問題郡山市内2か所のごみ処理場のうちのひとつである、富久山クリーンセンターが水没し、電気設備が故障。災害ゴミの集積が行えないほか、家庭ごみの焼却も行えないため、郡山市民に生ごみ以外は家庭で保管するよう呼びかける、異例の対応が取られた[193]。 政府などの対応10月15日、今上天皇・皇后雅子による「お見舞いの気持ち」が、宮内庁を経て発表された。2019年に限り国民の祝日となったその7日後の10月22日には、即位の礼(中心儀式:即位礼正殿の儀)の一部である「祝賀御列の儀」(天皇即位を祝う皇居から赤坂御用地までのオープンカーによるパレード)も予定されていたが、大規模な警備体制の整備を要するため、被害の甚大さと復旧支援の緊急性などを考慮して同儀式は11月10日に延期された。 10月8日13時に情報連絡室を設置。以後、関係閣僚会議を実施(第4次安倍第2次改造内閣)[64]。10月12日15時30分、情報連絡室を官邸対策室に改組した[64]。同時刻に安倍晋三内閣総理大臣より関係閣僚に指示を行った[64]。 非常災害対策本部 10月15日、千葉県が台風15号・19号にともなう被災者生活再建支援法の県下全域への適用をしたと公表[64]。 10月16日、令和元年度一般会計予算予備費より7.1億円を捻出し、被災者支援に充てることを閣議決定[64]。 10月18日、「令和元年台風第19号による災害についての特定非常災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」を閣議決定し、同日施行[4]。 10月29日、今災害をおよび大規模災害復興法の「非常災害」に指定し、11月1日政令公布・同日施行とした[5]。 11月1日、今災害を激甚災害に指定する政令を公布・同日施行した[3]。 12月4日、激甚災害指定の政令を一部改正し、災害指定期間を延長指定した[194]。 10月8日13時に情報連絡室を設置。関係都道府県に災害救助法関連情報などの通知を発出した[64]。 災害救助法は10月15日現在、1都13県の390自治体に適用されている[2][195]。 10月18日、総合法律支援法第三十条第一項第四号に基づく指定を行うための政令を施行[4]。 気象庁は、10月9日に早期警戒を呼びかける第1報を発出[196]。通常は台風接近の前日に行う記者会見をこの日に行い、同年の房総半島台風や平成30年台風第21号と同程度の暴風になるおそれがあるとして警戒を呼びかけた[197]。 10月11日に気象庁は再び臨時の記者会見を開き、12日から13日にかけて、広い範囲で記録的な大雨や暴風となる見込みであると発表した。「狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となる」おそれもあり、「大雨特別警報を発表する可能性がある」と発表した[198][199]。 また、TEC-FORCE JETT(気象防災対応支援チーム)を31都府県に派遣[64]。 10月8日13時に、災害対策室長を長とする災害情報連絡室を設置した[64]。12日15時30分、警備局長を長とする災害警備本部へ改組[64]。城山ダム緊急放流にともない、神奈川県警察機動隊を厚木市に派遣[64]。 13日、警察庁次長を長とする非常災害警備本部に改組[64]。12府県の警察本部に対し、広域緊急援助隊の派遣要請を行った[64]。 全国の警察本部・管区警察局からの派遣をもって対応した[195]。各部隊は以下の期間で活動。 警察災害派遣隊(10/13~11/20:39)、広域緊急援助隊(警備部隊 10/13~10/23)、広域警察航空隊(10/13~10/23)、特別自動車警ら隊(10/16~11/20)、特別生活安全部隊(10/17~11/18)、機動警察通信隊(10/13~10/20)[200] 10月8日に、消防庁災害対策室(第1次応急体制)を設置。8日以降「台風第19号についての警戒情報」などの警戒情報を都道府県・指定都市等に通達し、警戒を取るように事前通達が行われた[201]。 12日15時30分、消防庁長官を長とする消防庁災害対策本部(第3次応急体制)に移行した[201]。 宮城県・福島県・長野県から消防庁長官に対し、緊急消防援助隊の応援要請があり、東北ブロック、関東ブロック各隊に出動を求めた[195]。13日から18日にかけて計755隊2,680人規模、消防ヘリコプター38機が投入され、18日の宮城県からの引き上げをもって活動を終了した[195]。 防衛省は10月11日、災害関連情報専用のTwitterアカウントを開設[202]。そのほか、河野太郎防衛大臣のアカウント[203] および、各部隊のアカウントによる個別情報の提供を実施している。これによると、1万7,000人態勢での即応体制を確立するとともに[204]、特別警報が発表された13都県の担当する部隊約2万7,000人を全員呼集[205]。13日現在、21都県(272自治体)および東京電力本社にLO(連絡幹部)を派遣した[64][205]。 また、13日16時、河野太郎防衛大臣(第4次安倍第2次改造内閣)より自衛隊行動命令が発出され、陸上総隊司令官髙田克樹陸将を指揮官とする統合任務部隊(JTF、通称号:笑顔と故郷を取り戻すために JTF)が編成された[206]。全国の陸海空自衛隊より人員3万1,000人規模、艦艇8隻、航空機130機体制での活動を開始した[207]。続いて14日17時15分、最大で1,000名程度の即応予備自衛官、予備自衛官の招集を閣議決定、招集命令が発せられた[208]。全国から部隊が派遣され、被災者生活支援・医療支援・慰問演奏会を実施した[64]。 各都県知事より災害派遣要請が相次いだため、以下に災害派遣情報を一覧として掲載する。 ※以下、在任(当時)の各都県知事の人名は1回目のみ表記。便宜上、10月24日~10月26日の大雨についても記載する。
以後、部隊規模の縮小、撤収要請が相次いだことから、11月8日の大臣命令をもってJTFは解組され、東北を管轄する東北方面総監・関東甲信越を管轄する東部方面総監による指揮体制に移行した[212][213]。同時に、11月9日をもって即応予備自衛官・予備自衛官の招集を終了した[212]。11月30日をもって一連の活動を終了した。 11月8日、台風15号から一連の災害派遣活動により、一般会計予算の予備費から経費65億円を拠出したことを発表した[214]。 10日に海上保安庁本庁に災害対策室を設置。12日15時30分に災害対策本部に移行。11月8日7時現在、巡視艇のべ716隻、航空機のべ166機、救助要員のべ442名、リエゾンのべ86名規模で対処[195]。また、航行警報129件、海の安全情報121件を発出し情報提供を行った[195]。 このほか、福島県・岩手県で給水支援、入浴支援を実施した[195]。 10月8日13時に大臣官房総務課に情報連絡室を設置[64]。12日15時30分に官房長を長とする災害対策本部に改組[64]。被災地への応援職員の派遣に関する通知発出およびリエゾンの派遣、移動式電源車の用意、衛星携帯電話の貸し出しを山梨県と千葉県君津市、長野県などに実施した[64]。このほか、災害時用公衆無線LANサービス「00000JAPAN」の開放[64]、特設の公衆電話124台設置、NHK・携帯電話料金・無線局電波使用料の支払い猶予などを実施[64]。 以下は今災害に絡む電波法に基づく臨機の措置、および放送局の被害の一覧である[64]。
総務省所管の日本郵便によると、13日17時現在、静岡県全域の窓口業務および静岡県外8局での窓口業務を休止。全国的に郵便配達が遅れていた[219]。また、長野県・福島県での車両型郵便局の展開、長野県での避難所における郵便物配達、貯金の非常即時払いの実施、かんぽ生命などの利率減免、臨時貯金窓口の営業を実施した[195]。 18日6時時点で、DMATのべ68隊、DPATのべ11隊が活動[64]。2020年1月時点でDMATは活動終了[220]。 事務連絡を通して、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)、感染症、衛生、災害時の小児アレルギーに関する周知を実施[64]。日本栄養士会のJDA-DATとの連携を実施[219]。このほか、リエゾン、保健師の派遣、インフルエンザワクチンの確保の要請を行った[64]。 10月11日に本省災害対策本部を設置[64]。10月10日よりTEC-FORCE(11月3日7時現在、延べ1万5,822人)、13日より省所有ヘリコプター(全機)、災害対策用機械(のべ9,050台)派遣を実施[64]。 10月11日に令和元年台風第19号に関する農林水産省緊急自然災害対策本部を設置。プッシュ型食料物資支援の調整のため、内閣府防災(8号館)へ職員2名を派遣したほか、地方部局・地方自治体へリエゾン派遣を実施[64]。 10月13日14時30分、事務次官を本部長とする文部科学省非常災害対策本部を設置[64]。児童の安全確認に関する通知、被災した学校の復旧に関する通知を行う[219]。大学病院やQST病院の備蓄体制の確認に関する通知などを実施[64]。このほか、奨学金・教科書などに関する通知を実施[64]。 文部科学省が所管する宇宙航空研究開発機構(JAXA) は国土交通省などの要請を受け、台風被害の把握のため、陸域観測技術衛星2号 「だいち2号」による東北・関東地方およびその周辺地域の緊急観測を13日から17日にかけて計7回実施した[64]。 文部科学省が所管する防災科学技術研究所は「令和元(2019)年 梅雨期・台風期 クライシスレスポンスサイト」・「令和元(2019)年台風19号に関するクライシスレスポンスサイト」を随時更新し、情報提供を実施[64]。また各県の県庁にリエゾンを派遣した[64]。 10月8日、金融庁災害情報連絡室を設置。13日、金融庁災害対策室に改組した[64]。 10月13日、災害救助法の適用を決定したことを受け、適用地域の所轄財務局において、日本銀行との連名で12都県内の金融機関などに対して、「令和元年台風第19号に伴う災害に対する金融上の措置について」を発出した[64]。 10月15日、先だって設置していた台風15号金融庁フリーダイヤルを更新する形で、台風19号金融庁フリーダイヤルを設置[64]。 大規模災害に関連した消費者トラブル・消費者事故への注意喚起などを実施[64]。 10月11日9時20分、災害情報連絡室を設置。10月13日15時50分、法務省災害対策本部を設置した。避難所として、駿府学園、東日本成人矯正医療センター、東京拘置所、府中刑務所を開放した[64]。 商工中金、日本政策金融公庫などの政府系金融機関に対し、被災者への貸付に関する配慮要請を発出[64]。罹災証明書業務支援等人的支援を実施[195]。 松本経済産業副大臣から東京電力に対して、福島第一原子力発電所における台風19号の接近にともなう防災対策の徹底について要請した[64]。 災害ごみに関する通知、リエゾン派遣などを実施[64]。 海外の反応
備考
脚注注釈
出典
関連項目
外部リンク |
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