ぼくの生まれた日
「ぼくの生まれた日」(ぼくのうまれたひ)は、漫画『ドラえもん』の短編エピソードのひとつ(1972年発表)。本作を原作としてテレビアニメが3つ、アニメ映画が2つ作られている。 漫画1972年7月に『小学四年生』8月号にて藤子不二雄名義で発表された。藤本弘による単独執筆作[1]。『ドラえもん』の題名のみでエピソード名はなし。全10頁。全69コマ。両親からひどく叱られ「ぼくはこの家のほんとの子じゃないんだ」と考えたのび太が、タイムマシンで自分が生まれた日を見に行く物語。タイムマシンに乗り込んだドラえもんの台詞は「昭和三十七年八月七日でいいんだね。」(昭和37年は雑誌発売の10年前)。 1974年8月発売のてんとう虫コミックス2巻に収録された際に「ぼくの生まれた日」のエピソード名が付けられた。加筆・修正が行われ、全73コマの作品となった。タイムマシンに乗り込んだドラえもんの台詞は「昭和三十九年八月七日でいいんだね。」(太字は変更箇所。昭和39年は単行本発売の10年前)。 1985年3月発行の藤子不二雄ランド10巻に収録された。タイムマシンに乗り込んだドラえもんの台詞は「10年前の八月七日でいいんだね」(中央公論社の規定により末尾の「。」がなくなる)。 2009年8月発行の藤子・F・不二雄大全集2巻に収録された。タイムマシンに乗り込んだドラえもんの台詞は「昭和三十七年の八月七日でいいんだね。」。編集方針に従い初出時の「昭和三十七年」に戻されたが、余計な「の」が入ってしまっている。
藤本没後の漫画田中道明版2002年のアニメ映画化に伴い、新たに執筆された漫画が『別冊コロコロコミックSpecial』4月号(3月発売)に掲載された。「原作:藤子・F・不二雄」「まんが:田中道明」名義。単行本未収録。 テレビアニメ漫画を原作としたテレビアニメが3つ作られている。放送日とエピソード名は以下の通り。 「ぼくの生まれた日」(1979年)7月4日放送。 「のび太誕生」(1989年)12月22日放送。 「ぼくの生まれた日」(2008年)4月25日放送。本作では、原作漫画にはない下記のオリジナル要素が追加された。
アニメ映画(2002年)
2002年3月9日に、劇場用アニメ映画『ぼくの生まれた日』として公開された。同時上映の長編作品は『ドラえもん のび太とロボット王国』。 渡辺歩が監督する『映画ドラえもん』の中編シリーズ五部作の最終作である[2]。 本作はこれまでの感動短編作品の中でも特に美術背景に力が入っており、のび太が生まれた時代の風景がリアルに描写されている(例として、建設途中の高速道路やその周辺の区画整理される前の下町、病院内の様子などが挙げられる)。 映画終盤でドラえもんとのび太が傘をさして雨が降る町の中を走るシーンがあるが、二人の通る道にそれぞれ過去の感動中編作品を思い出させるような風景が存在する。また、最初の方でジャイアンの家(剛田商店)が映るシーンがあるが、看板や細部は「がんばれ!ジャイアン!!」とほとんど同じ設定で描かれている。
町内の坂道や起伏の表現は過去の映画ドラえもん感動作品や後に本作品監督の渡辺歩が手がける映画『パーマン』2作と『ドラえもん のび太の恐竜2006』『ドラえもん のび太と緑の巨人伝』でも使われている。 また、のび太の名前の由来にまつわるエピソードをさらに膨らませたアレンジ(原作漫画ではのび助と玉子の二人の会話でしか描かれていない)や、エンドロール前のラストシーンなど、家族の絆も深く描かれている。さらに、しずか・スネ夫・ジャイアンが親に何かと気遣われている場面を目撃した家出中ののび太が落ち込むシーンがあるが、エンドロールで彼らがのび太の誕生日プレゼントを用意していたことが明かされる。 大長編ドラえもんの第一作『ドラえもん のび太の恐竜』から長年音楽を担当していた菊池俊輔がこの作品を最後に映画シリーズの担当を勇退した(アニメの方は第一期が終了する年の2005年3月まで担当)。 雨が降っている中家出したのび太が町を歩いて行くシーンは、渡辺監督が小学五年生の時に家出した際の情景がそのまま使われているという[3]。 あらすじのび太は自身の誕生日である8月7日を迎えた今日、カレンダーに花丸で目印をしたその日付を見ながら浮かれ気分で両親からの祝いを待っていた。だがその期待とは裏腹に、やってきたママからは誕生日祝いどころか洗濯や宿題のことでいつも以上に注意されることに。それに不満を爆発させたのび太は「僕に指図するな」と強気に反抗し遊びを優先したことでママはおろかパパまでも怒らせ、2人から酷く叱られた挙げ句「あんたみたいな子はうちの子じゃない」とまで言われてしまう。傷心の余り涙を流すのび太は「自分は誰の子でもない」「誰からも愛されていないんだ」と思い込み、お気に入りの漫画など荷物をまとめてカレンダーの誕生日の花丸印をもぐちゃぐちゃに塗り潰し、ドラえもんに別れを告げて家出する。 そのまましずかちゃん・スネ夫・ジャイアン達に泊めてもらおうとするが、皆が親に大切にされているのを見てさらにショックを受ける。そこへのび太を探しに来たドラえもんが「ママとパパが心配しているから帰ろう」と諭すが、今日のことに加えて今までのこともあり、「今日は僕みたいなダメな子が生まれて皆ががっかりした日なんだ。僕なんて生まれてこなければ良かった」と自棄になり聞き入れようとしない。それにドラえもんは「ならそれを確かめに君の生まれた日へ行こう。本当に生まれたのが喜ばれていなかったら一生家へ帰らなくて済むようにデンデンハウスをあげるから」とのび太を説得。それを受け入れたのび太はドラえもんと共にタイムマシンで11年前の自分が生まれた日へと向かった。 自分が生まれた病院で、若き日の両親が自分の誕生を心から喜び、大きな期待と愛情を持ってくれていることを実感、自分が生まれた病院に植えられている大木が名前の由来であったことを知り、反省と感謝の気持ちでいっぱいになるのび太。しかしその大木は現代では既に切り落とされていたことを知ったのび太はその大木の前で泣き崩れる。しかし「この大切な大木をどうにかして残しておきたい」と思ったのび太は大木から生えた小枝を取り、河川敷にてお気に入りの漫画を土台にして小枝を植える。現代に戻り河川敷へ向かうと、植えた小枝が11年もの長い年月をかけて立派な大木へと育っていた。そこにのび太を心配して探しにきてくれていたパパとママが現れる。 心から謝るのび太とそれを優しく受け止めるパパとママ、その3人の家族の輪の中に入るドラえもん。パパとママは切れたはずの大木を眺める。そして、葉音を聞いてのび太の生まれた日を思い出す。のび太は「僕が生まれてよかった?」と聞くとパパもママも「よかった」と答えるので安心するのだった。 エンディングでのび太の家ではしずか・スネ夫・ジャイアンがのび太に誕生日プレゼントを渡すために待っていた。のび太は裏切られたわけではなかったと安心し皆に感謝する。その後、みんなで誕生パーティーを行った。パーティー終了後、決意を新たにしたのび太は両親から心配されつつも夏休みの宿題を一晩中行う。そしてあの大木の根元には、土台となったのび太の漫画が紛れていた。 本作におけるのび太の名前の由来本アニメ映画(2002年のアニメ映画)では、玉子が出産時に入院した病院の中庭に生えていた大木がのび太の命名の由来という原作漫画にはないオリジナル要素が描かれた。この大木は後に東京都の土地区画整理事業によって伐採され、のび太の少年期には現存しない(病院も移転もしくは閉鎖され、周辺一帯が東京都所有の更地となっている)。しかし自分のルーツともなった大木が失われることを惜しんだのび太によって若枝の一部が川原の土手に挿し木され、10年後(のび太は小学5年生なので、正確には11年後)には元の大木のように成長している姿が確認されている。 キャスト
登場するひみつ道具
スタッフ
主題歌
アニメ映画(2020年)2020年に、劇場用3Dアニメ映画『STAND BY ME ドラえもん 2』(11月20日公開)内のエピソードのひとつとして映画化された[6]。 →詳細は「STAND BY ME ドラえもん 2」を参照
関連項目脚注
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