明星中学校・高等学校 (大阪府)
明星中学校・高等学校(めいせいちゅうがっこう・こうとうがっこう、英: Meisei Junior/Senior High School)は、大阪府大阪市天王寺区餌差町にある私立中学校・高等学校。 マリア会が日本で3校目に設立したカトリックを教義とするミッションスクールで、大阪府で唯一の明治から続く男子校である。 概要大阪で明治期に設立された中等教育の学校は、キリスト教主義学校が多くほとんどが女子校で、本校は現在まで男子校である唯一の学校である。 フランスのマリア会が設立したカトリックによるミッションスクールで、暁星中学・高校、海星中学・高校 (長崎県)、札幌光星中学・高校と同じく聖母マリアを示す”星”を中心に据え、「明星」に学ぶ生徒たちを見守る「聖母マリア像」を頂く。 当初文部省より中学校(旧制)の認定を受けた後に1903年(明治36年)現在地に移転。外国語学校のちに高等小学校を開くがいずれも生徒募集に苦労する。商都である大阪の立地を考慮して商業学校として再開すると、次第に評価を得て校舎が手狭になった[1]。 かつては野球部が私学7強として有名で、1963年(昭和38年)に第45回全国高等学校野球選手権大会で優勝し、以後の10年で夏の甲子園に5回出場する。サッカー部も1965年(昭和40年)の第44回全国高等学校サッカー選手権大会で優勝する。当時は入試でスポーツ推薦枠もあったが、現在は廃止されている。 昭和50年代から進学校として東大、京大、阪大、神大、関関同立などに合格者を輩出する。 2012年度入学生から6か年課程と3か年課程それぞれにコース制を再開して週6日制を採る。 現校地は、大坂冬の陣・夏の陣の折に真田幸村が構築したとされる大阪城の出城であった真田丸が所在した跡地に当たると比定され、顕彰碑を敷地内に設置している[2][3]。 沿革
特色
教育課程本校は履修漏れが無いことが確認済みである。大学受験に影響が低い教科や科目は、卒業に必要な最低限度を履修する。 6か年一貫コース(特進コース・英数コース)と3か年コース(文理選抜コース・文理コース)制を配して週6日制となる。 設置コース
グローバル教育本校は、外国語学校としてスタートしたということもあり、グローバル教育に力を入れており、大学受験に対する英語の学習にとどまらず、英会話学習や海外研修などを通して、高度な語学力の取得や異文化理解などを目指している。 英会話学習本校では、外国人講師 (ALT) による英会話学習だけでなく、英語を通して国際問題の学習を行い、ディスカッションやプレゼンテーションを行うことで、自らの考えや意見を英語で発信する力を身につけること目指している。この他にも、海外大学の教授を招いて、授業を行うこともある。 海外研修様々な海外留学のプログラムを実施しており、留学先もアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、カンボジアなど様々である。それらのプログラムのほとんどは夏季休暇中に実施されているが、中には3ヵ月間の留学プログラムもある。これらの留学プログラムを通して、コミュニケーション能力の上達や異文化理解を目指しているが、これらのグローバル教育の集大成として位置付けられているのが、洛星高校と共同で行われている「次世代リーダー養成プログラム」である。これは世界トップレベルの大学であるアメリカのハーバード大学の学生寮に滞在し、現地の学生と共に学ぶことで、高度な英語の発信力の獲得にとどまらず、次世代のリーダーに求められるリーダーシップを養うことを目的としている。またこれらの留学プログラムとは別に本校を休学して、1年間の海外留学を行うことも可能である。 部活動野球部1906年(明治39年)創部。1915年の第1回全国中等学校優勝野球大会(現在の全国高等学校野球選手権大会)から予選に参加している。かつては大阪私学7強として有名であり、夏の甲子園に8回、春の甲子園に4回出場している。特に、1963年夏(第45回)では、プロ野球でも活躍した真田重蔵監督の采配の下で優勝を果たした。以後、1972年までの10年間で夏の甲子園に5回出場した。国スポ優勝1回。 サッカー部1912年(大正元年)創部。1918年の第1回日本フートボール優勝大会(現在の全国高等学校サッカー選手権大会)から8年連続で全国大会に出場した。これまで選手権大会には27回出場しており、1965年の第44回全国高等学校サッカー選手権大会で優勝したほか、5回の準優勝を記録している。特に、1957年から1966年にかけては10年連続で大阪代表となり、この間、優勝1回、準優勝2回を含めベスト8以上に8回進出した。国スポ優勝2回。 ソフトテニス部中等部全国ソフトテニス大会での10年連続優勝達成など様々な記録を持つ。この部をはじめ明星は東京大学や神戸大学、大阪大学などとの、半永久的で強固な様々な強い繋がりを持っている。 射撃部1929年などに25名のメンバーが全国中等学校射撃競技選手権大会で優勝した。現在校内では活動していない。 ワンダーフォーゲル部1998年に高校生3名と中学生1名が、チベットの未踏峰プーダカンリ(5,964m)を征服した世界記録を持つ[4]。 その他他にも様々な栄光を持つ。かつては入試においてスポーツ推薦枠もあったが、現在は廃止されている。しかし、今なおクラブ活動は盛んで、2006年度にはソフトテニス部、2007年度には陸上競技部、2008年度には水泳部[注 1]、2019年度には剣道部からインターハイ出場者を輩出した。 様々な文化系部活動も近年特に活発であり、毎年のように全国大会へ頻繁に出場している。ディベート部や弁論部なども有名な強豪である。2004年度に「全日本学生児童発明くふう展」で内閣総理大臣賞を受賞した生徒が、千葉大学工学部に飛び入学している。2019年度より、コンピュータ同好会が、コンピューター研究部に昇格した。 かつてのコース編成2011年度入学生までの編成
中3で選抜クラスである「エラン」を選抜する。高2では、エラン・エスポアール共に、文系クラスと理系クラスに分かれた。
文理クラスは高2で文系クラスと理系クラスに分かれる。エスポアールは「希望」、エランは「飛躍」、ルミエールは「光」を、それぞれ意味するフランス語である。 2001年度入学生までの編成
I類が上位クラスであり、入試時に、I類クラスとII類クラスを分けて募集していた。I類クラスの方が人数が多いという、他校にはない特徴を持っていた。 高1時点では、3ヵ年生(外部入学生)と6ヵ年生(内部進学者)は別クラスとなっており、I類・II類とも高2で文系と理系に分かれていた。 高2以降はI類理系クラスを除き、全て3ヵ年生 と6ヵ年生の両者混成クラスとなっていた。 I類理系クラスは、1998年度以前の入学生まではすべて6ヵ年生のみであり、1999年度以後の入学生から、6ヵ年生のみの選抜クラスと、3ヵ年生と6ヵ年生の両者混成クラスに分かれた。 アクセス
著名な出身者
教諭・クラブ指導者(元職も含む)
姉妹校今日、マリア会は世界30数カ国において、約1600人の会員が約8000人の教師と協力し、大学、高等学校、中学校、小学校ならびに幼稚園を含む135の教育施設で教育にあたっている[5]。 ハワイのシャミナード大学もマリア会によって創立された大学で、ギヨーム・ジョゼフ・シャミナードにちなんで名付けられている。 かつて姉妹校関係にあった学校
参考文献
脚注注釈
出典
関連項目外部リンク |
Portal di Ensiklopedia Dunia