MRTセンター(演奏所、MRT micc、MRTパーキング)
株式会社宮崎放送 (みやざきほうそう、Miyazaki Broadcasting Co., Ltd. )は、宮崎県 を放送対象地域 とした中波放送 (AMラジオ放送)事業とテレビジョン放送 事業を行っている、特定地上基幹放送事業者 である。略称はMRT (M iyazaki R adio & T elevision )。
1954年(昭和29年)7月に、宮崎県最初の民放 として開局した。ラジオ(コールサイン:JONF 、宮崎 936 kHz / 5 kW)はJRN 系列とNRN のクロスネット局 。テレビ(コールサイン:JONF-DTV 、宮崎 15ch / 1 kW)はJNN 系列。
概要
特別番組『2007 MRT夏祭り〜みやざきの底力〜』内の中継 の様子
デジタルハイビジョン中継車 (2009年) 描かれているのはMRTのキャラクター(左からくーたん・ミーモ・ぴよ蔵)
親局 (送信所 )はラジオがAM 936kHz 、テレビが15ch(リモコンキーID :6ch)で送信しており、宮崎県外でも視聴・聴取が可能である。
社屋(演奏所 )は宮崎市 の中心市街地にある橘通り にあり[ 注 1] 、関連施設として社屋内にテナントビルの「MRT micc 」が、隣接して有料駐車場 の「MRTパーキング」がある。これらを総称して「MRTセンター」または「MRT会館」と呼ぶ。
主な自社制作番組はテレビでは平日夕方(JST 、以下同様)の報道情報番組『Check! 』、水曜20時台の『わけもん!! 』、土曜12時10分からの『つづくさんのどようだよ (^^) 』がある。『Check!』は1984年から開始した10時台のローカルワイド番組 (2021年終了時は『あさトク! 』)と、1974年10月に開始した18時台の報道番組 (2021年終了時は『MRTニュース Next 』)を2021年春の改編で統合したものである。
毎日新聞 や朝日新聞 とは、1970年に開局したテレビ宮崎 (UMK)と比較して関係が深い[ 注 2] 。地元紙 の宮崎日日新聞 とも開局時には関係が深かったものの、テレビ宮崎の開局の際に「マスメディア集中排除原則 に反することとなった」ことを理由として同紙はテレビ宮崎との関係を強めるようになった。ただし、2019年現在も宮日文化情報センターと宮日カルチャーMRTミック教室が社屋内に入居しているなど、一定の関係が残っている。
局ロゴとして2006年 8月から2014年 6月まで、波を基調とした赤いロゴマークを使用していた。ただし、1984年の開局30周年を機に改定されたローマン体のロゴが企業ロゴおよび社章 で、放送設備などに状況に応じて使っていた[ 2] 。「MRT micc」と同施設の実質的な駐車場 の「MRTパーキング」では2018年現在も1984年からのMRTロゴがそのまま使われている。1984年までは細長いゴシック体が(末期はMが青 、Rが赤 、Tが緑 だった)使用されていた。また、2006年から開局以来はじめてシンボルキャラクターを制定し、「ミーモ」「くーたん」「ぴよ蔵」の3体がお披露目された。
2014年、開局60年に迎えた7月1日に、黄緑を基調に小文字で「mrt 」表記の新しいロゴマークが制定された。同時に「宮崎放送」の和文ロゴも改定された[ 注 3] 。ただ、長崎文化放送 (NCC・テレビ朝日系列 )、北海道文化放送 (UHB・フジテレビ系列 )と同様に、小文字はロゴのみで用いられている(つまり、公式の略称表記は小文字ではなく大文字が正しい 。)。
建設中の3代目社屋。右側の建物は宮崎大学ひなたキャンパス(2025年4月)
2027年の開催が予定されている第81回国民スポーツ大会(国民体育大会 を参照)に伴い宮崎県立宮崎工業高等学校 第二グラウンド(宮崎県営野球場 跡地、宮崎市錦本町 )にプールおよび民間施設を整備する計画があり[ 3] [ 4] 、民間施設のひとつとしてMRT新社屋を建設する予定である。2021年6月の県プール整備運営事業者決定時点では「2025年7月完成目標」としていた[ 5] が、2023年9月時点では「2026年2月完成・同年10月運用開始予定」に変更されている[ 6] 。
なお、新社屋移転後の現社屋については、宮崎市が宮崎市役所 庁舎建て替え中の仮庁舎として貸借する方針であることを2023年9月に明らかにしており、今後市と当社で賃貸料などの協議を進め合意を目指す。活用期間は2027年1月から約4年間の予定で、MRT社屋の4階から7階(放送局部分)およびMRTパーキングの一部を賃貸する計画となっている[ 6] 。市は「仮庁舎の建設が不要になり、事業費縮減につながる」としている[ 7] 。
本社・支社
宮崎本社
〒880-8639 宮崎県宮崎市橘通西4丁目6番7号
JR 日豊本線 宮崎駅 より徒歩15分
都城支社
宮崎県都城市 中町17街区2号 テラスタ2階
旧所在地:都城市中町13番7号 ライトハウスフェアリー201号室(2022年まで)
延岡支社
宮崎県延岡市 中町2丁目1番10号 マバラビル3階
日南支局
宮崎県日南市 岩崎3丁目4番1号 Ittenほりかわ内
東京支社
東京都 中央区 銀座 6丁目4番1号 東海堂銀座ビル8階
大阪支社
大阪府 大阪市 北区 梅田 1丁目11番4号 大阪駅前第4ビル 802号室
福岡支社
福岡県 福岡市 中央区天神 4丁目1番18号 サンビル[ 注 4] 内
沿革
ラジオ開局まで
開局当時の社屋跡の一角にある神宮苑緑地広場にある記念碑(宮崎市下北方町)
1953年5月30日、当時の郵政省が発表した「標準放送用周波数割当計画表」により、宮崎地区に1490kc 、1k W が割り当てられたことから、宮崎県内でも民放局の開局が可能となった。ところが当時は、朝鮮戦争 後の不景気(スターリン暴落 )により、宮崎の財界では当初開局に向けた動きは全く見られなかった[ 8] 。そこに目をつけたのは鹿児島県のラジオ南日本(現在のMBC南日本放送 )であった。ラジオ南日本は宮崎への中継局 設置を計画しており、宮崎市内の各方面にパンフレットや中継局設置に関する趣意書を配布するなどの活動を行っていた[ 9] 。
この動きに歯止めをかけた人物は、日向日日新聞(現在の宮崎日日新聞)社長の山口徳馬であった[ 9] 。「鹿児島の電波が宮崎の空を飛ぶと、今に鹿児島資本に支配される。」などと、ラジオ南日本の誘いに乗りかけていた岩切章太郎 (宮崎交通 社長、後に第2代MRT社長も兼務)や行政側(宮崎県など)をも巻き込み、1954年3月24日にラジオ宮崎 (RMK:Radio Miyazaki K.K.)の設立にこぎつけた。ラジオ演奏所・送信所は当初、宮崎市日ノ出町128番地(1984年時点では宮崎県自動車学校、2021年現在は梅田学園DS 日ノ出校の地)に設置する予定であったが、航空大学校 開校により航空機および無線施設の運用に支障がでるおそれが生じたことから断念し、二度の変更を経て宮崎市下北方町に決定された[ 10] 。1954年7月1日に宮崎市下北方町(宮崎市立大宮小学校 に隣接)からラジオ放送を開始。宮崎放送ではこの日を開局日としている。
ラジオ開局後
ラジオ宮崎が開局した1954年はデフレ下に加え風水害が頻発した一年であった。6月から8月にかけての長雨に加え、8月・9月には台風が4回も襲来し、宮崎県における農林業被害額は約150億円に上った(参考:1952年・1953年度の農林業所得が161億円である)。以上の要因により、第1期(1954年度)は690余万円の損失金を計上した[ 11] 。なお、9月7日に襲来した台風13号でラジオ宮崎初の台風情報放送を行い、同月13日の台風12号では停電により停波したことから(当時自家発電装置は未整備)、宮崎県から払い下げを受けた広報車(通称マイクロカー、またはエノケン車 と呼称)を用いて台風情報を伝えた[ 12] 。第2期(1955年度)では東京支社・大阪支社の営業力強化などを実施し、神武景気 の到来も相まってわずかながらの黒字に転換している[ 13] 。
ラジオ宮崎開局当初の周波数であった1490kcはRYCラジオ山梨(現在のYBS山梨放送 )と韓国群山市 の米軍ビーコン局も使用しており、宮崎市周辺以外では夜間の混信により聴取不可能の状態に陥っていた。このため1956年10月1日に周波数は1480kc(当時日本唯一)に変更され、1956年11月に延岡中継局、1958年5月には都城中継局が設置された[ 14] 。1956年の周波数変更と延岡局開局によりサービスエリアが拡大し混信がなくなったことから、第5期(1957年4月-9月)には繰越損失金がなくなり純利益金も計上、初の株主配当が実施された[ 13] 。
ニュースについては全国ニュースは共同通信社 、宮崎のローカルニュースは日向日日新聞ラジオ部からの提供であったが、全国ニュースについては1956年5月1日から毎日新聞社 (西部本社 、一部は大阪本社 )に切り替えられた。日向日日新聞ラジオ部の初代部長は、後に宮崎日日新聞社やエフエム宮崎の社長を務めた黒木清次 であった。日向日日新聞提供によるローカルニュースはその後「宮崎日日新聞ニュース」となり、テレビ宮崎 (UMK) 開局直前の1970年3月末まで続いた[ 15] 。日頃のニュース番組こそ新聞社に依存していたが、これとは別途に録音ニュース番組が自社制作された。当初は毎日夕方に放送枠を設けていたが、専任担当者が1人のみで無理があったことから1959年11月から日曜夕方の15分番組となり、複数回の番組名変更を経て1962年4月まで続いた[ 16] 。
1960年頃の特徴として、ラジオの宮崎局・延岡局・都城局の各局から別番組が1日30分程度、地元スポンサーを付けて放送されたことが挙げられる。これは当時の延岡局・都城局がコールサインを持つ独立した有人局であったことから実現したもの。1960年4月1日の18時35分からの15分枠においては宮崎局では『歌う若草美人』(若草商店街提供)、延岡局では『銀天街アワー』(延岡商店商社提供)、都城局では『都城アワー』(都城商店商社提供)が放送されていた。この編成は1960年2月から1963年6月まで実施された[ 17] 。なお、都城局は1962年5月、延岡局は1967年4月に無人局運用に切り替えられた[ 18] 。
アナログテレビ放送開始
アナログテレビ開局当時(1960年)の本社屋
1960年10月1日にはテレビ放送を開始。ニュースネットワークはTBS東京放送(当時の社名はKRTラジオ東京)と繋がりがあったことや、九州各県の先発局がJNNに加盟していたこと[ 注 5] 、マイクロ回線 事情を考慮した結果、JNNに加盟することとなった[ 19] 。
アナログテレビ放送開始に先立ち1960年7月に報道部を設置。ローカルニュースは『JNNテレビ夕刊 』(月曜 - 土曜 18:45 - 18:55)の後半を差し替える形で放送し、また、最終版(平日21時台、土日22時台)の全国ニュース番組名(JNNニュース )を『日向日日新聞ニュース』と改題しており、『テレビ夕刊』終了後に起こったニュースがあれば全国ニュースから差し替えて放送していた。日曜日には『RMKローカル週間ニュース』が編成されており(サービス放送期間中の1960年9月25日より開始)、1960年12月11日から『週間郷土の話題』と番組名を変更し、1970年9月まで放送された。当時のNHK宮崎放送局は下りマイクロ回線未開通の影響で鹿児島局 の電波をそのまま放送していたため、ラジオ宮崎のみがローカルテレビニュースを放送していた[ 20] 。なお、1964年8月までは上りマイクロ回線が未開通だったため、ニュース素材(フィルム)を福岡のRKB毎日放送 まで輸送しなければならなかった[ 21] 。
テレビ放送の送信所は当初宮崎市北部の丘陵地、平和台 に設ける予定であったが、中継局を大量に設置する必要があったため鰐塚山 に変更された[ 22] 。この変更で親局のみで宮崎県内の約8割をカバーするに至った[ 22] が、鹿児島県側にもスピルオーバー が発生し、鹿児島県の放送局にも影響を及ぼすことになった。特に大隅半島 では容易に視聴できたため、南日本放送は自社の視聴者確保のために急遽鹿屋中継局 (同局初の中継局)の設置計画を立てることとなり[ 23] 、ラジオ開局時と逆の事態が発生した。1961年7月には社名と略称を現在の宮崎放送 (MRT:Miyazaki Radio & Television)に変更。1966年12月10日にカラー放送を開始した。
1980年代以降
1984年9月の開局30年を機に、本社機能を宮崎市中心部の橘通りに移転し、"MRT micc"とMRTパーキングを開業。1987年7月には、初代社屋隣にあったラジオ送信所も宮崎市一ツ葉に移転し、下北方町858にあった初代社屋跡は住宅地となった。
1990年8月29日には音声多重放送 とクリアビジョン を、2006年12月には地上デジタル放送 とワンセグ の本放送を開始した。
2007年には関連企業のデンサン 運営の下でポータルサイト 「miten」(ミテン)を開設。宮崎放送の各番組との連動コンテンツや動画なども用意されている。
2008年からはキープみやざきビューティフル を発展させたAction みやざき エコライフ キャンペーンをラジオ・テレビ双方で展開し、これに関連して2008年7月26日に宮崎県・都城市と「企業の森林づくり」事業の協定を締結した。宮崎放送では2008年からの10年間に渡り、都城市関之尾町にあるミーモの森 を整備していく[ 24] [ 25] 。
2021年5月17日、国際連合 の「SDGs メディアコンパクト」に加盟した[ 26] [ 27] 。
年表
社史・記念誌関連
以下の書籍以外にも数冊発行している。
1959年7月 『開局5周年記念誌・ラジオ宮崎』を発行[ 35]
1964年7月 『開局10周年記念誌・10MRTのあゆみ』を発行[ 35]
1984年12月 『宮崎放送三十年史』を発行(宮崎放送開局三十周年記念事業委員会・編、351ページ)[ 36]
1994年11月 『宮崎放送開局40周年記念誌』を発行(宮崎放送開局40周年記念事業委員会・編、171ページ)
2004年12月 『MRT宮崎放送50年史』を発行(宮崎放送50周年記念事業委員会・編集、330ページ)
資本構成
企業・団体は当時の名称[ 1] [ 37] [ 38] [ 39] 。
2023年3月31日
資本金
発行済株式総数
株主数
162,000,000円
324,000株
127
過去の資本構成
1978年3月31日
資本金
授権資本
1株
発行済株式総数
株主数
162,000,000円
200,000,000円
500円
324,000株
173
1992年3月31日 - 2003年3月31日
資本金
授権資本
1株
発行済株式総数
162,000,000円
200,000,000円
500円
324,000株
株主
株式数
比率
宮崎交通
32,400株
10.00%
毎日新聞社
32,000株
0 9.87%
宮崎県
31,500株
0 9.72%
宮崎銀行
16,200株
0 5.00%
日本生命保険
14,000株
0 4.32%
旭化成工業→旭化成
12,000株
0 3.70%
東芝
10,000株
0 3.08%
朝日生命保険
10,000株
0 3.08%
第一生命保険
10,000株
0 3.08%
ラジオ
宮崎中波送信所(2007年12月)
都城支社に併設されたサテライトスタジオ。GO!GO!ワイドのコーナー「みやこのじょうドキドキナビ」で使用
公開イベント「MRTラジオまつり2024」の様子](2024年9月28日)
ラジオカー「スクーピー」(2023年)
ラジオ周波数
ラジオの放送時間は、5:00基点の24時間放送で、毎週月曜未明 1:00 - 5:00に休止(実際には0:59に放送終了アナウンスを放送)。休止中は基本無音だが、毎月第2月曜はテストトーンを流す。
現在放送中の番組
2025年4月時点。詳細は、公式サイトの ラジオ基本番組表 を参照。
自社制作番組は太字 。
平日
週末
随時放送
特別番組
過去に放送した自社制作番組
平日朝
平日昼前
平日昼過ぎ
おひるのふれあい歌謡曲
ふるさとラジオでこんにちは(1979年11月 - ?)
ラジオMIYAZAKI2:00
#ラジカル(火曜 18:15-18:45、? - 2024年3月)
大石村山トレーニングセンター(火曜 21:00 - 22:00、? - 2024年3月)
福元麻子のまことしやかな話(水曜 21:00 - 22:00、? - 2024年3月)
金曜日
MRTナイスミドルミュージック 上岡信夫 のJAZZ TRAIN(金曜 21:00 - 22:00 / ? - 2021年3月26日)
MUSIC DONUTS(金曜 21:15 - 21:55)
レイチェルの金曜・夜カフェ(金曜 21:00 - 22:00 2021年10月 - 2024年6月)
土曜日午前
川島恵 のおはようイージーリスニング(土曜 5:20 - 5:30 / ? - 2021年3月27日)
伊原俊一のげんきお届け!宅配便(土曜 5:30 - 5:45)
MRT土曜さわやかモーニング
稼ぐ農家ラジオ(土曜 8:15 - 8:30)
久世流ラジオ塾 夢を夢で終わらせない(土曜 11:30 - 11:45)
小田矢かなのおだやかなひととき(土曜 11:45 - 12:00)
土曜日午後
はじめちゃんの歌え人生そりゃボクじゃ(1976年10月 - 1991年10月、12:00 - 14:00)
土曜ワイド いもからかぼちゃ(13:00 - 16:00)
あしたは日曜日(1983年4月 - ?、14:00 - 16:00)
武坊・淳子の土曜もGO!GO!(土曜 16:00 - 16:55 / ? - 2021年3月27日)
FREE STYLE MUSIC!(土曜 17:00 - 17:30)
綾野さつきの今夜もさつき晴れ(土曜 17:30 - 17:45)
roots~遙かなる時の彼方~(土曜 18:00 - 18:30 / - 2020年9月26日)
MRTラジオうたまつり情報(土曜 19:15 - 19:30)
SATURDAY NIGHT Flare!!(土曜 20:00 - 20:30 / ? - 2021年3月27日)
JADDO (土曜 22:00 - 23:30 / 2016年10月1日 -2021年3月27日)
土屋有 だけどなんか質問ある?(土曜 20:00 - 20:30、2021年4月 - 2024年3月)
日曜日午前
天尊降臨ヒムカイザーラジオ「ヒムラジ」(日曜 9:00 - 9:30 / ? - 2021年3月28日)
ゆかいアート村のラジオ局(日曜10:45 - 10:55 / ? - 2021年9月、)
日曜日午後
ラブラブラブコール(1983年9月 - 1985年9月、12:00 - 13:00)
MRT歌謡曲ベスト20(1982年4月 - 1988年9月)→MRTサンデー・ベスト20(1988年10月 - 1989年11月19日)→MRT歌謡曲ベスト20(1989年11月26日 - ?)
サンデーリクエストプログラム らじもん!!(日曜 12:00 - 13:50)
アナ旅(日曜 17:00 - 17:30 / ? - 2021年3月28日)
ここねと淳子の斜めの関係。(日曜 18:00 - 18:30)
みなみりさの恋鈴ラジオ(日曜 18:30 - 18:45)
立川らく生の笑いの殿堂 (日曜 18:30 - 18:45 / ? - 2021年3月28日)
スクーピーのスマイルダイアリー(日曜 18:45 - 18:55)
アンクルマイクとナンシーさん (日曜 21:00 - 22:00 <※ナイターオフ限定に放送> / 1983年10月 - 2019年3月)
YUMEZAKI RADIO(日曜 22:30 - 23:00)
道本晋一のフォーク横丁(日曜 20:00 - 21:00、? - 2024年3月)
はぴあにっ(日曜 23:00 - 23:30 / ? - 2021年3月28日)
~2次元は酸素です~おしかつ(日曜 21:00 - 21:30、2023年4月 - 2024年3月)
その他
RMKラジオスコープ・日曜ダイヤル(1958年11月 - 1959年12月)
歌の速達便(1954年7月 - 1965年4月)
よい子のめざめ(1954年7月 - 1960年12月)
智慧の小箱(1954年10月 - 1957年5月)
RMK小劇場
歌うサンドイッチマン(1954年11月 - 1956年8月)
朝の童謡(1955年3月-1960年3月)
職場対抗紅白歌試合(1955年8月 - 1958年6月)
サロンタイム(1956年12月 - 1977年3月)※1990年代にも同タイトルで放送
お早う知事さん →朝の談話室 →県政の窓
RMK綴方教室
テレフォンリクエスト
ふるさとの星座
何でも学校
ユアヒットパレード (1957年8月 - 1967年5月)※1970年代の中断を挟んで1981年に復活、現在『ユア・ヒット・パレードリターンズ』として継続
日向ものしり辞典(1961年4月 - 1966年)
僕の職場 私の職場(1963年7月 - 1964年12月)
ロート歌のリクエスト
ディスクの王様
名曲への招待
お早う有線放送の皆さん
おはようみやざき(1966年10月 - 1967年3月)
ドライバーのあなたへ
職場対抗歌合戦
MRTラジオ劇場(月1回のラジオドラマ)
MRTヤング・ヒット・パレード(1969年10月 - 1970年11月)
MRT歌謡曲ベストテン(1969年10月 - 1970年11月)
サンデー・ティー・ルーム(1970年5月 - 11月)
みやざき歴史散歩(1970年11月 - 1971年3月)
チー子の夜ってナンダ(1971年5月 - 1972年3月)
テレフォン・ナイト(1971年7月 - 1975年3月)※1980年代にも『MRTテレホンナイト』のタイトルで放送
ハピー バラエティ・ショー(1971年10月 - 1973年5月)
ママと赤ちゃん(1971年11月 - 1982年1月)
日曜ワイド こんばんはみやざき(1973年10月 - 1974年3月)
いもがらかぼちゃ(1973年11月 - 1975年3月)→フルトンのいもがらかぼちゃ(1975年4月 - 1976年5月)
あの日あの時(1974年5月 - 1975年4月)
小塚美枝の土曜レーダー(1975年4月 - 1976年4月)
テレフォン・ミュージック・イン(1975年4月 - 1976年5月)
サンデー・ヤング ヤング・ベスト(1975年7月 - )→サンデー・ヤングヤング(1977年6月 - )→ソニー・ジャスト・イン・ヤング(1977年11月 - )→サンデー・ジャスト・イン ヤング(1979年6月 - 1981年9月)
トントンのジャンプアップミュージック
MRTそれゆけ電リク大作戦
ファンキー・ダイナマイト・ポップス(1976年6月 - 1977年9月)
宮交さわやかサンデー
サンタとゆりの土曜はおまかせ(1977年4月 - 1977年10月)→サンタとタエの土曜はおまかせ(1977年10月 - 1978年3月)
ヨーコ&ピーター ENGLISH NOW
洋と潤子のあなたが選ぶ歌謡曲ベスト20(1978年1月 - 1980年9月)[ 注 22]
土曜はあなたと(1978年4月 - 9月)
ケメのシュワッピ・ドゥ
方言列車は行く(1978年10月 - 1979年3月)→方言列車PARTⅡ(1979年5月 - 1980年3月)
サタデー・テレフォン・リクエスト(1978年10月 - 1983年3月)
ウィークエンドスペシャル 夜をひとりじめ(1979年10月 - 1980年9月)
県内スミからスミまでぐいーと だれやみ大作戦(1979年11月 - 1980年3月)→だれやみ電話大作戦PARTI(1980年10月 - 1981年3月)→だれやみ電話大作戦PARTIII(1981年10月 - 1982年3月)
ジュニアとケイのザ・ベスト20(1980年10月 - 1981年10月4日)→歌謡曲ザ・ベスト20(1981年10月11日 - 1982年3月)
辛口人生1週間のごぶサタデー(1981年4月 - 1984年9月)
夜のカラオケ あんたが大賞(1981年10月 - )
ナツメロ託送便
あなたがうたう!!ザ・カラオケパートⅢ(1984年10月 - ?) →あなたが歌うザ・カラオケ(1986年10月 - ?)
わが青春のメロディー~なつかしのスターとともに~(1984年10月 - ?)→わが青春のメロディー(1985年10月 - 1987年3月)
とことん演歌
MRTスポーツ・ジョッキー
アニメランド (1984年10月 - 1999年3月)
マーク・ピーターセンのおはようインタビュー(1985年4月 - ?)※『みやざき朝一番』土曜特集
MRT TELEPHON JOCKEY どきどき!放送局
桜田明彦の今夜もちんぐぁら
KI・BU・Nはハート色(1985年10月 - ?)
新ひむかふるさとレポート(1985年10月 - ?)
マーク・ピーターセンのON THE UPBEAT(1985年10月 - ?)
莉絵とおっちぃの民謡ジョッキー(1985年10月 - ?)→莉絵と解さんの民謡ジョッキー
KIMIKOのいっきに60分(1985年10月 - ?)
とんでるクラシック・タイム(1985年10月 - ?)
ジャズトレイン936
TEENBEAT(1986年4月 - ?)
MRTポップサークル
うまか情報局(1986年7月 - ?)→ぶっとび!うまか族(1991年10月 - 1993年4月)
おしゃれちっく倶楽部
MRT SUPER WIDE ハロー!日曜族(1986年10月 - ?)→ハロー日曜族II
桜田明彦のぽっぷん王国(1986年11月 - 1990年3月)→ぽっぷん王国ミュージックスタジアム(1990年4月 - ?)
みやざきざっくばらん(1987年6月 - ?)
宮崎グルメ読本(1987年7月 - ?)
アコとはじめの出前放送局(1987年 - 1988年)
かぼちゃぴあ'87(1987年10月 - ?)
ふれあい仲間 トークイン・村さ来(1987年10月 - ?)
桜田明彦のミュージック フリーウェイ(1987年10月 - ?)
武中はじめ の歌のセレナーデ(1987年10月 - 1988年)
どき!どき!2~ブルーシール共和国~(1987年10月 - ?)
上岡信夫のミスターラジオジラ(1987年10月 - ?)
片健のケンケンガクガク(1988年3月 - ?)→カタケンの観光地診断(1988年10月 - ?)
Cokeバラエティー 日曜するぞーッ(1988年4月 - ?)→COKE SUNDAY SPLASH(1991年7月 - ?)
RADIO CUBE 936(1988年4月 - 1991年4月)
歌ってる場合ですよ
風が運んだ物語(1988年4月 - ?)
ヤンタンTACHIBANA(1988年6月 - ?)
永遠の星座大宮・私の母校(1988年9月 - 11月)※特別番組
わたしのオールディーズ(1988年10月 - ?)
わくわくゲームランド (1988年10月 - 1990年4月)→ゲームクラブ (1990年4月 - 9月、1992年4月 - 1994年4月)
遠藤玲子のハローワールド(1988年10月 - ?)
小林文俊の昭和の歌 心の歌(1988年10月 - ?)
サタデーザ・スポーツジョッキー(1988年10月 - ?)
MRTテレホンナイト(1988年10月 - 1989年)
みやざきエコノミーくらぶ(1988年11月 - ?)
Ladyパラダイス~女性たちへのラブコール(1988年11月 - 1991年)
政行のRADIカルマガジン~今夜も飲みにケイション(1989年1月 - ?)
東治男の土曜の夜はほろよい気分(1989年1月 - ?)
吾子とはじめのいもがら♪かぼちゃ7時です(1989年4月 - 10月、1990年4月 - 10月、1991年4月 - 9月)→吾子&はじめのいもがらかぼちゃ(1989年10月 - 1990年4月※20時台、1990年10月 - 1991年4月※21時台)
桜田明彦のミュージック バンク(1989年4月 - ?)
MRTザ・歌BAN(1989年10月 - 1990年3月)※テレビO.A.に1時間遅れて同内容を放送
政行と英明のフリートークMARKET(1989年10月 - ?)
テレホンジョッキー土曜の夜はおとな倶楽部(1989年10月 - ?)
フレッシュモーニング
ハローアイランド(1990年4月 - ?)
MRT 22ナビゲーション~銀座4丁目からこんばんは!~(1990年4月 - ?)→22ナビゲーションスペシャル( - 1993年4月)
サタデーナイトみやざき(1990年5月 - ?)
SPORTS新鮮組!(1990年7月 - ?)
酒泉の杜発ウィークエンド・ステーション(1990年10月 - 1992年10月)
てげにゃWORLD!(1990年10月 - ?)
音楽バラエティー 古木田耕作の愛があれば・・・(1990年10月 - ?)
SUNDAY 936 SPECIAL(1990年10月 - ?)
サロンタイム(1991年4月 - ?)
情報がいっぱい わくわくステーション・4丁目RADIO(1991年4月 - ?)
MIYAZAKI NOW(1991年4月 - ?)
パンプ・アップ・リスキー!(1991年4月 - 1992年4月)
リエのスキ・スキ大好きよ(1991年4月 - ?)
PHOENIX BLUE WIND(1991年7月 - ?)
はじめちゃんの人生 三・三・七拍子(1991年10月 - 1994年6月)
サタデー・サロンタイム・スペシャル"Music Cruising"(1991年10月 - 1992年3月)
カラオケで歌う歌謡曲ベスト20(1991年10月 - 1992年4月)
みやざきWoman倶楽部(1991年10月 - ?)
ENGLISH UP DATE(1992年4月 - ?)
キャッチ ザ・ウェーブ(1992年4月 - ?)
She Take 95(1992年4月 - ?)
サンデー大学講座(1992年4月 - ?)→※現『サンデーラジオ大学』
MRTラジオスペシャル(1992年10月 - ?)
クイズ家族でドン!(1992年10月 - ?)
吾子とバニーの三十路ナイトクラブ(1992年10月 - 1994年4月)
中山大ちゃんの人生そこそこ70点(1993年1月 - ?)
サンデー夕焼けクラブ情報アロワナ
ウェルネス都城(1993年4月 - ?)
あなたもふるさと探検隊(1993年10月 - ?)
MRTわいわいナイト(1993年 - ?)
俺たちパープリン! (1993年4月 - 1998年4月)
下村一以のおまかせサンデー(1994年4月 - ?)
ダディと晶子のクラシックジョッキー(1994年4月 - ?)
宮崎発GO!GO!サッカー
竹矢宣子 宮崎元気化計画
薗田潤子のシネマパラダイス
はじめちゃんのあの町この町ふるさと放送局(1994年7月 - 1995年9月)
みなみけいこのおしゃべりトマト(1994年10月 - ?)
洲明・裕子の民謡ナイト(1994年10月 - ?)
JALの旅情報(1994年10月 - ?)
MRT夕焼けスタジオ(1994年10月 - ?)
宮澤信雄のサタデーブランチ(1996年 - ?)
今朝も元気RADIOがうまい(1998年4月 - 2000年)
午後は気ままにウーマン5(1998年4月 - ?)
音楽と情報の玉手箱OTODAMA(1998年10月 - 2000年3月)
歌春一座がまいりました(1998年10月 - 1999年9月)※MRT開局45周年記念ラジオ番組
竹井由美の土曜に乾杯!(2000年4月 - ?)
こうちゃんの歌わずにはいられないっ!!
ドクター美原のいきいき健康塾
マサとユッコのイッキに120分(2000年4月 - ?)
ツーさんの宮崎オールディーズ(2000年10月 - ?)
清水怜子のあの歌に逢いたい(2000年10月 - ?)
ゆうなつ・なんでもん(2000年10月 - ?)
NORRY NIGHT (2000年10月 - ?)
MRT Night Train (2002年10月 - 2007年3月)
辰ちゃんの昭和歌謡史
大淀川とわたし(2003年8月2日)※『Keep Miyazaki Beautiful』由来のラジオ特番
ひむか神話街道を行く(2003年9月21日)※開局50周年特別企画ラジオ特番
宮崎と歩んだ50年(2004年7月3日)※開局50周年特別企画ラジオ特番
スマイル
天使の誘惑〜あなたへのメッセージ〜
みんなで乾杯
不況を吹っ飛ばせ!トップインタビュー
エンタメ!!
MRT夜のポップス
甲斐和代のシャンソンへの誘い(? - 2009年3月)
日向かぼちゃでこんにちは♪(? - 2009年3月)
おたすけRADIO塾(? -2008年3月)
吼えろ! 90歳
愛ランドみやざき ※1989年のテレビ番組とは同名の別番組
みやざき川物語
麻衣子の倖せ街道
村上よしのりの民謡エンヤートーク(? - 2008年3月)
怜子のおまかせ歌謡曲(? - 2007年9月)
SOUND GROOVE
BLASHのチューナーパンクス(2005年10月 - ?)
樫元洋の「日曜音楽本舗」(2005年10月 - 2006年6月)
ムーキン戦隊デジラジャー →ムーキン戦隊デジラジャー・ハーフ(2005年10月 - 2011年3月)
大森うたえもん ハッピーウェディング
宮崎ほっとタイム
ひとみのハートフルミュージック
真北聖子の癒しのトビラ(2007年4月 - ?)
サンデーさわやか倶楽部(? - 2008年3月)
みえことジローのあったかトーク(2007年 - 2016年3月) →みえこのあったかトーク(2016年4月 - ?)
鬼玄丹とやのPが行く! じゃじゃ馬道中記(? - 2008年3月)
青春エレキ天国!!(? - 2008年3月)
柳田光義と歌仲間(? - 2008年3月)
なんばん(? - 2008年3月)
土曜ヒルラジ(? - 2008年3月)
雍子と由紀子の見たまま感じたまま(2007年 - 2013年3月)
詩子のサウンドボヤージュ(? - 2009年3月)
土曜の王様〜ドッキング☆ラジオ(2008年4月 - ?) →※現『超☆ドッキングラジオ』枠
土曜夕どき・えむ通り(2008年4月 - ?)
MRT日曜朝カフェ(2008年4月 - ?)
谷沢直美のリクエストパレード(2008年4月 - 2009年3月)
サンデースペシャル Megu&Go のどごしつるりんラジオ!
とっておきの話〜私のMRT〜
橋通り書店
おめざめラジオ
MRTナイトシアター
軍ちゃんの陽気にいくさ
コドモソウルのラジオソウル!(? - 2009年3月)
SpiritのPower of Spirit →Spiritのオールド イズ ゴールド☆
理恵ちゃん・こかちゃんの歌の宝石箱
うたえもんのエンターテイメントのジョー式
思い出のラブソング
あや・さこ・まりプロデュース Mアナ☆スタイル
MRTセレクトイブニング
彩のラ・テ ソムリエ(? - 2009年3月)
木佐貫ひとみのおしゃべりな夕暮れ(? - 2009年3月)
M&Dミュージック・スペース(? - 2009年10月)
Lock On 30(? - 2009年10月)
エイティーズNo.1
メロディ列車で行こう
ばあちゃん&伸吾の「はい!よろこんで」
Mアナ・セレクション(2009年10月 - 2010年4月)
政務秘書 吉川敏夫のひしょひしょ話(? - 2010年)
大好き!BU-N-KA-BU(2009年10月 - ?)
ラジオスナックいってみろや(2009年10月 - ?)
かねこひろのり 心の歌・未来の扉
トニーヒロタの親父気ナイト
上兄ぃ 洋子のシネマ・ウォーク
恋ラジ(2009年10月 - ?) →恋ラジ+Plus →恋ラジZ
服部赳志のナイトタイムミュージック(2010年4月 - 2016年3月)
演歌老舗本舗
宮崎元気印 情熱企業
宏ちゃんの起き抜け歌謡曲
女UP! みやざき女子力向上委員会
ほんのほんの時間
Happy Radio Holiday!
relax(木曜 18:30 - 19:00)
ラジオだよ!(2010年9月20日)※MRT・エフエム宮崎合同特別番組
ラジオManGo!(2014年7月1日)※MRT開局60年記念特番
上田チープル(2014年9月 - 2015年3月)
九州・沖縄むかし物語(2000年4月 - ?)※ラジオドラマ ※九州沖縄7局持ち回り制作
アンクル・マイクのBeautiful Morning
上岡信夫のあの日 あの頃
LaLaLa Saturday
竹井さんと圭治くん Gaha大笑(月曜 18:30 - 20:00)
女会(月曜 21:15 - 22:00)
昭和の歌・わたしのうた(水曜 21:15 - 22:00)
うたえもん のラジオでドーヨ?!(火曜 18:30 - 19:00 / - 2020年9月22日)
PERSONS~A twilight talk on the street~(水曜 18:15 - 18:45 / ? - 2021年3月24日)
BOOM・BOOM・BOOM!(水曜 21:00 - 22:00 / ? - 2021年3月24日)
甲斐杏奈の今夜もcheck check! (2021年4月3日 - 2022年3月26日)
テレビ
デジタルテレビ放送の鰐塚山送信所およびFM補完中継局(親局、画像右) 画像左は元・アナログテレビ塔。2016年撮影
MRTが使用するビデオカメラ (パナソニック ・AK-HC930)
テレビネットワークの移り変わり
テレビチャンネル
宮崎 JONF-DTV 15ch リモコンキーID :6 周波数:485.142857 MHz 出力:1 kW
送信所が海抜1000mを超える鰐塚山 にあるため、アナログ放送は隣県鹿児島県 の鹿児島市 内や種子島 を始め、四国 の愛媛県 南予地方 まで電波が届いた[ 42] 。また、県北部の延岡局の電波は、海を挟んだ高知県 の土佐清水市 、大月町 にも届く。高知新聞 朝刊 の第2テレビ面や産経新聞 の高知県向けテレビ欄にはMRTの番組表 が掲載されている。
JNN系列のリモコンキーID地 赤く塗られている地域がJNN系列がデジタル6chである。
九州 の放送局では唯一、リモコンキーIDとしてキー局のTBSテレビ と同じ「6 」を使用している。
リモコンキーID(6)・物理チャンネル(15ch)ともに、ANN系列準キー局のABCテレビ と同じである。
中継局
地上デジタル放送の中継局について開局順に記載[ 43] 。空中線電力 が1W以上の中継局については太字 で表記してある。
中継局
物理チャンネル
空中線電力
所在地
延岡
44ch
100W
延岡市(愛宕山)
串間
37ch
3W
串間市(第二高畑山)
日向
44ch
1W
日向市(米ノ山)
高千穂
19ch
10W
高千穂町(烏帽子岳)
真幸
30ch
3W
えびの市(山神隧道上)
飯野
30ch
3W
えびの市(八幡ヶ丘)
日南
39ch
0.3W
日南市(鼓ヶ嶽)
北五ヶ瀬
16ch
1W
五ヶ瀬町(桝形山)
入郷
30ch
1W
美郷町(清水岳)
東郷
19ch
1W
日向市(熊山)
日向西郷
39ch
1W
美郷町(造次郎山)
青島
22ch
0.3W
宮崎市(城山)
串間本城
37ch
0.1W
串間市(高尾城山)
五ヶ瀬
19ch
1W
五ヶ瀬町(鏡山)
北浦
49ch
0.3W
延岡市(森山)
酒谷
23ch
0.3W
日南市(男鈴山中腹)
日南細田
15ch
0.3W
日南市(滝ヶ平山)
日之影
30ch
0.1W
日之影町(東方高地)
須木
30ch
0.3W
小林市(鳥巣山)
日向八戸
29ch
0.3W
日之影町(星山)
岩戸
29ch
0.3W
高千穂町(城山)
日南南郷
30ch
0.1W
日南市(目井津港西側の山)
串間市木
26ch
0.3W
串間市(高畑山)
日向北川
29ch
0.1W
延岡市(宮原の上)
北諸塚
23ch
0.3W
諸塚村(星の久保)
南諸塚
38ch
0.3W
美郷町(尾佐渡)
椎葉
38ch
1W
椎葉村(上椎葉ダム北方の山)
宮崎内海
30ch
0.05W
宮崎市(内海駅西側山)
郷之原
30ch
0.05W
日南市(北郷町東方の山)
浦城
22ch
0.01W
延岡市(浦城東方の山)
北延岡
30ch
0.3W
延岡市(延商グラウンド上)
油津
47ch
0.01W
日南市(油津港東方の山)
折生迫
22ch
0.01W
宮崎市(生田山)
杉安
22ch
0.01W
西都市(杉安南方の丘)
高岡
22ch
0.01W
宮崎市(中央簡水配水池近)
日向草場
38ch
0.01W
日向市(翁神社の上)
門川
33ch
0.01W
門川町(城山団地側)
大王谷
33ch
0.01W
日向市(大王谷団地南)
佐土原
30ch
0.05W
宮崎市(弁天山)
美々津
22ch
0.01W
日向市(余瀬南方山斜面)
神門
22ch
0.01W[ 44] (0.03W)[ 45]
美郷町(恋人の丘東方)
北島浦
26ch
0.01W
延岡市(宇津木)
南島浦
27ch
0.01W
延岡市(白浜地区)
平和が丘
30ch
0.01W
宮崎市(池内小学校校門)
えびの
47ch
0.01W
えびの市(えびの高原)
高鍋
30ch
0.05W
高鍋町(舞鶴公園)
アナログ放送概要
2011年7月24日停波時点
現在放送中の番組
現在の番組の詳細は、公式サイトの テレビ基本番組表 を参照。
自社制作番組
TBS系列番組
太字 は同時ネット。
JNN九州ブロックネット番組
他系列の番組
太字 は同時ネット。
日本テレビ系列番組
テレビ朝日系列番組
テレビ東京系列番組
民教協番組
過去に放送した番組
☆は、番組自体は継続中
自社制作
北日向(30分間の特番、1961年4月16日)※初の自社制作番組。延岡アナログテレビ中継局の開局記念番組として制作された[ 46] 。
テレビ県民室(1961年10月 - ?)→県政ロータリー →朝のチャイム(1966年4月 - 1986年3月) →みやざき私たち (1986年4月 - ?)
宮崎県の県政広報番組。『テレビ県民室』は月1回・毎月最終日曜に10分番組として放送、『朝のチャイム』は日曜朝に放送していた[ 47] 。
若い道(45分間、1962年10月)※初の自社制作テレビドラマ[ 48]
市政だより(1963年7月14日 - ?)→テレビ市庁
農事手帳(1964年5月 - 9月)※初のレギュラー制作番組、月1回放送
岐路に立つ農村(30分間、1965年2月)※初の自社制作ドキュメンタリー
ふるさと紀行(1965年4月 - 1966年3月 ※初期の週一レギュラー番組) →新・ふるさと紀行(1966年4月 - 10月)
MRTサンデーショー(1965年10月 - 1970年9月)※初めて中継車を用いたレギュラー番組
MRTジャーナル(1966年11月 - 1968年3月)
みやざきあの人この人(1968年4月 - 1969年3月)
「宮崎城物語」公演(1968年12月14日録画、69年1月放送)※初の舞台中継録画
宮崎の若人'69(1969年7月 - 11月)
MRT歌謡曲選手権大会(1969年9月23日放送)※開局15周年記念番組
宮崎カラー百景(1970年4月 - 9月)
太陽とみどりのワイドショー・フレッシュみやざき(1970年11月)※生ワイド番組
しゃんしゃん宮崎(1972年4月 - 9月)※大型生ワイド番組
MRT母と子の手帳(1973年7月 - 1974年6月)
MRT'73夏 ふるさと探検(1973年7月 - 8月)
UP UP(1973年9月 - 12月)※MRT初のヤング音楽番組
わるんぼ 泣き虫 甘えんぼ(1974年10月 - ?、枠移動し1987年 - ?)
MRTニュースワイド → MRTイブニング・ニュース → MRT THE NEWS →MRTニュース Next (1974年10月 - 2021年3月、2021年以降の『Check!』18時台の枠)
赤ちゃんとママ(1976年4月 - 1978年3月)
奥さんの料理コーナー・ひと味ちがいます(1977年5月 - 7月)
MRT土曜ワイド(1978年4月 - 1982年9月)※生ワイド番組
MRTふるさと回覧板[お母さんの救急箱、食い道楽、歯歯32、わるんぼ泣き虫甘えんぼ、カメラ散歩](1982年1月 - 1984年3月)
土曜です MRT こんにちは(1982年10月 - 1984年3月)
MRT10人抜き 歌のチャンピオン(1984年4月 - 1989年3月)
おくさま9:30(1984年11月 - 1990年4月)→ MRT9♡30(1990年5月 - 1991年3月)→ チュンチュンあんてな(1991年4月 - 1998年3月)→ MRT生スタ955(1998年3月→2005年3月)→ アッパレ!miyazaki (2005年3月 - 2014年6月)→モーニングてらす (2014年7月 - 2020年3月)→あさトク! (2020年3月 - 2021年3月)
平日朝9時・10時台放送のローカルワイド番組枠。2021年3月以降の『Check!』17時台に相当する。
ふるさとの祭り(1985年4月 - ?)
われら旧友・悪友(1987年4月 - 7月)
日曜特集 報道いま宮崎(1988年1月 - ?)
愛ランドみやざき(1989年4月 - 9月)※開局35周年記念クイズ番組
NOWナウ企業(1989年7月 - ?)
MRTザ・歌BAN(1989年10月 - 1991年3月)
まこちよかとこみやこんじょ(1991年1月-?)
GET!
MRTスプラッシュマガジン
平成子育て日記
ゴジヤジ(2000年7月 - ) →土曜ゴジヤジ(2002年 - 2008年3月29日)
元気だ宮崎!ふるさと6時間テレビ(2004年7月3日放送)※開局50周年記念テレビ特番
土アップ(土曜、2007年4月7日-2009年3月28日)
月刊みやざきイタダキッズ~もっと知りたい!宮崎の農業~(2007年10月21日 - 2015年3月28日)
チャイム 〜のびよ!宮崎の子どもたち〜(土曜、2008年4月 - 2009年3月28日)
ゴゴイチ! (2008年4月5日 - 2009年3月)
恋旅CHU
週刊アッパレくん!(2009年7月 - ?)
宮崎元気印 情熱企業(2010年9月 - ?)
愛wantCHU
MRTニュース サタデーNext (2012年4月 - 2016年9月)
あるあるセブン
報道LIVE トコトン (土曜 16:30 - 17:30/2016年10月 - 2018年3月)
アッパレ!DoooN!(2013年10月 - 2014年6月)→DoooN!(2014年7月 - 2016年3月)<※現在の『つづくさんのどようだよ』枠>
新・九州風土記(1964年10月 - ?)※九州民放6社による共同持ち回り制作番組
九州再発見(1966年10月 - 1970年3月)→人間ばんざい(1970年4月 - 1972年3月)→コミュニティ1200万(1972年4月 - 1976年12月)→新・九州再発見(1977年1月 - 1978年3月)→出会いの朝・九州(1978年4月 - 1979年9月)→窓をあけて九州 (1979年10月 - 2012年3月)※JNN九州6社持ち回り共同制作番組
ワイドサタデー 朝日放送制作 制作協力:山陽放送 → 瀬戸内海放送 ・中国放送 → 広島ホームテレビ ・大分放送 ・南海放送 ・四国放送 ・RKB毎日放送 →九州朝日放送 ・宮崎放送(1970年10月 - 1983年3月)※多元中継ワイドショー、MRTは1972年以降105回担当
ウィークエンドBOX なまワイド九州→新鮮!生ワイド九州(1988年10月 - 1991年12月)→※JNN九州ブロック共同制作番組
恋と呼ぶには気持ち悪い (2021年4月11日 - 6月27日。BSフジ ・北海道文化放送 他との共同制作による製作委員会 方式)
僕らの雨いろプロトコル (2023年10月 - 12月。製作委員会方式。テレビ朝日系列24局ではNUMAnimation 枠で放送)
テレビ朝日系
なお、『ガンダムSEED 』[ 注 43] 以降(いずれも毎日放送制作)は同時ネットで放送されている。
ほか多数
日本テレビ系
ほか多数
テレビ東京系
ほか
民教協
その他
ほか
テレビ宮崎開局まで放送されていたフジテレビ系の番組
ほか多数
放送対象地域外の受信
アナログテレビ放送開始時のサービスエリア(『日向日日新聞』1960年10月1日付12面)
宮崎放送は放送対象地域外(宮崎県外)でも視聴・聴取することもできる。宮崎放送側でも2007年7月期のラジオタイムテーブル で高知県の南西部、熊本県の球磨 地方、大分県の南部、鹿児島県の大隅半島 全域をサービスエリアとしている。
しかし、資料により公式のサービスエリアが異なることがある。鹿児島県を例にすると、テレビ開局時(1960年10月)の日向日日新聞(現在の宮崎日日新聞)に掲載された特集ではテレビの県外受信地域は鹿児島県の大隅半島および鹿児島湾 沿岸地域となっていたが、『宮崎放送三十年史』などではその中から鹿児島湾沿岸が省かれ、西端が鹿屋市 付近に狭められていた。更に『MRT宮崎放送50年史』ではほぼ県境に沿ったエリアに狭められた。
ただし、鹿児島県内でも広く受信可能な地域が存在することは事実であり、上述のとおり鰐塚山にテレビの親局を置いたことが鹿児島県の南日本放送(MBC)が鹿屋中継局を設置したきっかけとなった。1972年3月に志布志湾 の新大隅開発計画 に関する報道特集を放送した際には、鹿児島県内の関係者でも話題となり放送時間の問い合わせがあったという。
ケーブルテレビ再送信局
BTV株式会社 は宮崎・鹿児島両県に跨ってサービスエリアを持つケーブルテレビ 局であり、2021年 3月1日 より曽於市 財部町 での区域外再放送 を開始した[ 60] 。
アナウンサー
特記人物以外はアナウンス室アナウンス部に所属。
現在
男性
1990年川野武文 (取締役・アナウンス局長。 - 2011年4月。2019年4月 - アナウンス部所属(局長兼任)。2024年3月より取締役、エムアールティ・ミック 取締役社長兼務)
1999年 粉川真一 (アナウンス部副部長、2013年就任[ 61] )
2014年6月 伊賀透浩 (2015年4月 - 2018年3月までアナウンス部所属。2018年3月より報道部長、2019年7月よりアナウンス室アナウンス部長。元テレビ山口 →テレビ長崎 )
2020年 山崎直人 、澁谷祐太朗
2023年 中野義大
女性
異動・退社
※はアナウンス部長経験者。●は故人。
男性
1954年
村上正義●(開局時からのアナウンサー。2024年に死去[ 62] )
1964年
樫元洋 (1月入社 - 2003年3月。元ラジオ局長)
1968年
東治男 ( - 2001年。退社時には報道部副部長)
1970年
山下末則 ( - 1981年。その後日本テレビへ移籍し、RFラジオ日本 出向を経て、フリーアナウンサー兼スピーチコンサルティング会社「パーフェクト・スピーチ」の代表取締役社長)
1975年
上岡信夫 ※( - 2010年。アナウンス部長、ラジオ局長を経て定年退職。その後はフリーアナウンサー)
1980年
1982年
1983年
1984年
1992年
富樫吉樹 ( - 1997年。テレビ神奈川 に移籍後、2010年春に同局報道企画室へ異動。その後は東京支社営業部副部長)
1997年
2000年
村山耕一 ( - 2014年3月、2014年4月からは、報道部記者・スポーツキャスター)
2004年
2007年
田代剛 (10月 - 2020年4月。2004年4月から2007年7月までは四国放送 。退社後はフリーアナウンサー)
2008年
川井淳史(12月 - 2010年3月。退社後、和歌山放送 アナウンサーを経てフリーアナウンサー)
2009年
2011年
小島拓( - 2013年9月)
廣末圭治(10月入社、報道記者に転向[ 63] [ 64] )
2014年
上田敦史 ( - 2015年3月。しばらく別部署に勤務した後に退社し、2018年 - 2021年1月まで熊本放送 の契約アナウンサー。その後はフリーアナウンサー)
瀬藤亮太 ( - 2024年3月。退社後はミヤギテレビ に移籍)
2015年
井口直久(後に代表取締役会長)
岡本憲明 (退社後、NBCラジオ佐賀 のパーソナリティになる)
小林文俊
吉富堅二郎
女性
1972年
今村静子(現姓・鑪(たたら)しずこ/ - 1979年。その後は福岡でフリーアナウンサー・朗読・話し方講師として活動。後述の鑪加奈は実娘)
1980年
1983年
1985年
山内喜美子( - 1988年。退社後、医療分野を中心としたノンフィクション作家に転向)
1989年
1991年
竹矢宣子
前田晶子 ( - 2006年7月。退社後、MRTラジオのパーソナリティになり、舞台女優としても活躍し、『劇団ゼロQ』代表を務める)
1994年
1996年
1999年
2000年
2002年
茂木亮子( - 2005年3月)
山田舞 ( - 2007年3月)
2003年
2004年
2005年
田内裕子(5月 - 2008年3月。テレビ山口 から移籍)
2007年
2008年
2010年
鑪加奈(たたらかな/ - 2013年3月。元NHK佐賀放送局 キャスター、熊本朝日放送 元アナウンサー。前述の今村静子は実母。退社後、福岡でフリーアナウンサー)
2011年
2013年
2014年
柴田有佳里 ( - 2016年)
宇田川紗稚( - 2018年3月。退社か部署異動かは不明であるが、アナウンサー職を離れてからも同局の番組には出演中)
甲斐蓉子 ( - 2019年3月。2020年3月に退社し、同年4月に大分放送 へ移籍)
2016年
2018年
明和美香
石川小百合(フリーアナウンサーの石川小百合 とは同姓同名の別人。退社後はFM西東京 アナウンサー)
伊藤佳子 ( - 1987年。その後は文化放送 アナウンサー→同局報道記者)
碓氷浩子 (退社後は警視庁交通管制センターTBSラジオ担当キャスター)
小磯裕子
河野史子
嶋田仁美 (退社後、フリーアナウンサーに転向。日本テレビ の『朝一番天気!あさ天 』のキャスターを務めたほか、在京キー局 のリポーターも務めた)
高瀬みち子( - 2008年3月。フリーを経て、2014年に復帰。その後はフリーアナウンサー、同局のラジオパーソナリティとして活動)
俵谷美津子(現姓・林。退社後、茨城放送 企画事業部の所属タレントになる[ 68] )
月田洋美
平野早苗 (退社後、フジテレビの番組リポーターになる)
谷沢直美(退社後、MRTラジオのパーソナリティに転向)
マスコットキャラクター
宮崎放送のマスコット キャラクター には赤 がベースカラーで、頭 にプロペラ 、薄黄色のポシェット を正面 向きにぶら下げていて、モチーフ が存在 しないオリジナル 造形 のミーモ 、テディベア 風にアレンジした河童 のく〜たん 、ピンク 色のヒヨコ のぴよ蔵 (ぴよぞう)がいる。ミーモが主役 格で、他のキャラクターは小さく描かれていることが多い。2006年に赤いステーションロゴと一緒に初登場し、テレビ関連のマスコットキャラクター としては珍しく、登場当初から複数体用意されている。2014年に黄緑 色で『mrt』と表記された現行ロゴへの変更後もキャラクターは変更されていない。
着ぐるみ に関しては、ミーモのみが用意されていて、それにはMRTのロゴがポシェットの部分にあしらっており、こちらは現行ロゴに変更されている。
登場場面
3体とも登場することもあるが、ミーモ単独が着ぐるみを中心に登場することもある。
番組表 - 宮崎放送が3カ月おきに発行するタイムテーブルのこと。随所に3体が登場する。
局名告知 (放送開始・終了) - 2006年11月からロゴ変更前までミーモの着ぐるみ が登場していた。
天気予報 - 不定期にミーモの着ぐるみが世界各地を訪問する映像が放送される。
アイキャッチ - 3体が季節ごとに用意された映像(例:2007年8月は世界陸上 にちなんで3体が陸上競技を行う場面)に登場する。
ファビコン - 宮崎放送の公式サイト上でミーモの顔がデザインとして採用されている。ロゴが変更された後も変更されなかったが、後にミーモの下にロゴを配置したデザインに変更した。これまでのものも一部のサブページで並行して使用される。
MRT招待高校野球 - 2007年の始球式にミーモの着ぐるみが登場。
ワンセグ用データ放送 - 読み込み中画面として、3体が季節ごとに用意された画像に登場。メインページの右側にも画像として登場。
ラジオカー 『スクーピー 』 - 赤いステーションロゴを使用していた頃に限り、車体のラッピングにキャラクターのデザインや車名にキャラクターの名前(ミーモ号・く〜たん号・ぴよ蔵号)が使われていた。
ベリカード - 2007年以降のデザインにマスコットキャラクターが使用されており、現在ではテレビのみに縮小され、MRTの部分のロゴを変更しただけのものとなっている。ラジオでは、2012年以降は別デザインで、マスコットキャラクターのラジオスタジオ風景を画かれており、『MRT936』と書かれている。また、FM補完中継局開局後は、デザインこそラジオ用と同じだが、ロゴの部分が大きく変更されている。
脚注
注釈
^ 宮崎市の地名(町名)としての「橘通」であり、道路としては高千穂通り (国道10号 )に面している。
^ 両紙の番組表 (テレビ欄)で宮崎放送はテレビ宮崎の左側に掲載。なお、朝日新聞社は2018年時点でテレビ宮崎の株式を30,000株保有している(出典:有価証券報告書-第165期〈平成29年4月1日 - 平成30年3月31日〉、89ページ、朝日新聞社。EDINET 提出書類)。
^ ロゴ変更後の『ダンロップフェニックストーナメント』ではスタッフクレジットは「mrt」のロゴが、製作著作クレジットは「宮崎放送」の和文ロゴが使われていたが(共同制作の毎日放送は『MBS』ロゴで表示)、2024年は製作著作クレジットも「mrt」のロゴに改められた。
^ 同じビルには同じJNN系列局である長崎放送 福岡支社が入居している。
^ RKB毎日放送 、長崎放送 、ラジオ熊本(現・熊本放送 )、ラジオ大分(現・大分放送 )、ラジオ南日本(現・南日本放送 )がJNNに加盟していた。
^ 宮崎放送側の設備としては、1972年 3月18日 にカラー中継車の導入をもって対応完了。
^ 開始当初の周波数は1490kc、出力は昼1kW・夜500Wだったが、1956年10月1日に周波数を1480kc、夜間出力を1kWに変更。1959年10月1日に周波数を920kc、1962年10月1日に周波数を1100kcにそれぞれ変更。1977年1月27日に送信出力を5kWに増力。1978年11月23日に周波数を1098kHzに変更したが、1981年11月13日に現在の周波数に変更(大分放送 や外国との夜間の混信を緩和するため)。1987年7月15日に送信所を現在地の宮崎市一ツ葉に移転した。
^ 2008年6月に平日深夜帯に放送設備工事を実施。 期間中は工事時間帯や1日だけ昼間にも停波し、工事を行った。
^ 1982年6月24日にプリエンファシスを導入(中継局は1983年3月25日に一律開始)し、1983年3月25日に延岡・小林中継局との同期放送開始。
^ 開始当初の周波数1060kc、出力は100Wだったが、1962年10月1日に周波数を920kcに変更。1963年3月19日に送信出力を1kWに増力。1978年11月23日に918kHzに変更したが、1983年3月25日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)。
^ 開始当初の周波数は1500kcだったが、1978年11月23日に周波数を1485kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)した。
^ 開始当初の周波数は800kc、出力が100Wだったが、1963年12月1日に周波数を1460kcに変更。1978年11月23日に周波数を1458kHzに変更したが、1983年3月25日に現在の周波数に変更し(同期放送開始のため)、同時に送信出力を増力した。
^ 開始当初の周波数は800kc、出力は100Wだったが、1968年4月1日に周波数を1500kcに、1978年11月23日に1485kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)し、1989年10月29日に送信出力を増力した。2007年に送信所を日南市吾田東2丁目から日南市楠原に移転した。
^ 現在"JONM"は奈良テレビ放送 に割り当てされている。
^ 開始当初は周波数は1560kcでだったが、1978年11月23日に1557kHzに変更。1985年9月17日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)。
^ 開始当初の周波数は920kc、出力は50Wだったが、1977年1月28日に送信出力を100Wに増力し、1978年11月23日に周波数を918kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更した(同期放送開始のため)。
^ 2022年3月までは土曜 11:45 - 12:00
^ 2022年3月までは日曜 10:30 - 10:45、2022年4月 - 2023年12月は日曜 7:30 - 7:45
^ 2021年3月までは日曜 9:15 - 9:30、2021年4月 - 2022年3月は日曜 7:30 - 7:45
^ 2021年3月28日までは日曜 10:00 - 10:55
^ 2021年3月28日までは日曜 8:00 - 8:45
^ 放送開始以前に、当時のMRTラジオに歌謡ランキング番組がなかったため、『ザ・ベストテン 』の立ち上げの際にTBS側からの依頼で当番組が立ち上げられることになった。
^ 日本テレビ系列は日本テレビネットワーク協議会に、テレビ朝日系列はスポーツニュース制作協定と一般番組供給部門に参加していない。
^ 青森テレビ ・テレビ山梨 ・テレビ山口 ・テレビ高知 を除く。
^ 『MRT宮崎放送開局60年記念誌』(2015年)において、ケーブルテレビ各局で放送される高校野球中継番組を「mrt制作」と紹介している。
^ 土曜のみ時差ネット。
^ 毎年1月第2月曜日(成人の日 )は『全国高校サッカー選手権 決勝戦』(14:00 - 試合終了、全国民放テレビ43局共同制作)を日本テレビ からの系列外ネットで放送するため臨時非ネットとする。
^ 17:50 - 18:15は全国ネット。
^ 腸捻転時代にテレビ宮崎 で放送された期間あり。
^ 『散歩シリーズ 』3番組目だが、宮崎県では2番組目の放送となる。初代の『ちい散歩 』はテレビ宮崎で放送した。
^ 腸捻転解消前から一貫して当局で放送。
^ テレビ朝日系列 がスポーツ中継の放送等で放送時間変更・休止の場合は、朝日放送テレビからの裏送りを受けて放送。
^ レギュラー番組時代(『人気者でいこう! 』)はテレビ宮崎で放送した。
^ a b 2017年3月をもって終了した「月曜プライム」(「土曜プライム 」の改題・遅れネット)の後番組として放送。
^ 2009年春改編で『スーパーモーニング 』のネットを打ち切り、山陰放送 とともに『はなまるマーケット 』のネットに切り替えられた。また、『スーパーモーニング』を系列外同時ネットしていた時期には、視聴者から「『スーパーモーニング』から『はなまるマーケット』にネットを切り替えてほしい」という声が多く寄せられていた。
^ テレビ宮崎が『スーパーモーニング』と同じく事件・芸能ニュースを扱っていた『情報プレゼンター とくダネ! 』(2021年3月終了)を放送していたため、『とくダネ!』と内容が類似していた『スーパーモーニング』から生活情報番組 の『はなまるマーケット』への切り替えを希望する声が、MRTが公式サイトに設けていた掲示板(後に閉鎖)に多く寄せられていた。ただし、2009年春改編以前のMRTでは「8:30 - 11:30(当時。2009年3月30日以降は9:55 - 11:30)はローカル編成の扱いであるため、またテレビ朝日 や『スーパーモーニング』のネットスポンサー側からの要請もあるため」との説明をその掲示板などで行っていた。
^ 2005年3月に打ち切り、『笑いの金メダル 』(朝日放送テレビ )のネットに切り替えた。順番どおりであれば2005年2月28日(テレビ朝日で同年2月14日放送分)に本来放送されるはずであった「最強の報道記者をプロデュース!!」の回は放送されなかった。この回は参考映像としてテレビ宮崎 などのニュース映像が複数回使用されていた。
^ 1968年のTBSテレビ系モノクロ版アニメ や、2010年の日テレ実写版ドラマ も放送。
^ 『土曜ロードショー 』に改題の上、土曜深夜に遅れネットしていた(スポンサーも自社で差し替え)。
^ 宮崎放送は当初掲示板への回答で『Max Heart』も放送予定と2005年9月に回答していたが、遅れの幅を縮めるためか放送を断念し、『Splash Star 』を放送して遅れを収まるようにした。
^ ドラマ版 は当局で放送。
^ 初代司会者・児玉清 時代の1996年10月にUMKから移行され、2002年12月に一旦打ち切られていた後、児玉没後の2012年4月7日から2017年9月30日まで放送。
^ ただし、『ガンダム Gのレコンギスタ 』およびメ~テレ 制作の『機動戦士ガンダムUC RE:0096 』は未放送。日本テレビ 制作の『機動戦士Gundam GQuuuuuuX 』はUMKで放送。
^ 第1期はTBS系番組扱い(毎日放送 制作)で同時ネットで放送。第2期から第5期までは県内未放送。
出典
参考文献
宮崎放送開局三十周年記念事業委員会 編『宮崎放送三十年史』宮崎放送、1984年12月20日。NDLJP :12275337 。
宮崎放送開局40周年記念事業委員会 編『宮崎放送開局40周年記念誌』宮崎放送、1994年11月。
宮崎放送50周年記念事業委員会 編『MRT宮崎放送50年史』宮崎放送、2004年12月。
外部リンク
関連項目 地上波 28局BSデジタル CSチャンネル 1 旧加盟局 関連新聞・スポーツ新聞社9 関連項目
脚注
1 加盟局が運営・出資する衛星放送 (CSチャンネル)2 旧TBSは2009年に現TBSに放送免許を譲渡。3 旧CBCは2014年に現CBCに放送免許を譲渡。4 OTV大阪テレビ放送は後にABCに吸収。OTV閉局当時はJNNが未発足であったが便宜的に記述。5 旧RKBは2016年に現RKBに放送免許を譲渡。6 旧MBSは2017年に現MBSに放送免許を譲渡。7 旧RSKは2019年に現RSKに放送免許を譲渡。8 旧BSNは2023年に現BSNに放送免許を譲渡。9 母体新聞社及び加盟局と友好関係のある新聞社。10 JNN系列局はないが、友好関係がある新聞社(過去に系列局を置く計画があったが、断念した)。11 TBSラジオ などが加盟するラジオネットワーク。12 旧称・TBSカンガルー災害募金。
加盟局 旧加盟局 関連項目
注釈
1 2005年に札幌テレビ放送(STV)はSTVラジオにラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。2 2006年に旧ニッポン放送(フジメディアHD)は現ニッポン放送(LF)にラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。3 2017年に第1次MBS(MBSメディアHD)は第2次MBSに放送免許を譲渡・継承。4 2018年に旧ABC(朝日放送グループHD)は朝日放送ラジオにラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。5 2019年に旧RSK(RSK HD)はRSK山陽放送に放送免許を譲渡・継承。6 2021年に第2次MBSはMBSラジオに放送免許を譲渡・継承。7 2023年に旧BSN(BSNメディアHD)は現BSNに放送免許を譲渡・継承。8 2023年に旧KBC(KBCグループHD)は現KBCに放送免許を譲渡・継承。
加盟局 賛助会員 番組販売協力局 旧加盟局 旧番組販売協力局 制作番組
カテゴリ
県別一覧はデジタル放送 チャンネルID 順(NHKは総合テレビ のみ) NHK (公共放送 )民放 ・福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県 関連組織
備考
民放テレビ局の網掛の凡例 ■ …NNN ・NNS 系列局、■ …ANN 系列局、■ …JNN 系列局・Gガイド ホスト局(通常は兼務)、■ …TXN 系列局、■ …FNN ・FNS 系列局、■ …クロスネット局 備考 1. ^ JNN系列のRKB毎日放送はかつては民放テレビ局はFNN・FNS系列局のみの佐賀県にもアナログGガイドの番組データの配信を対応していた 2. ^ FNN・FNS系列のSTSサガテレビはJNN系列局が存在しない地域のGガイドホスト局(デジタルGガイドのみ。かつてのアナログGガイドはJNN系列のRKB毎日放送が対応していた。) 3. ^ TOSテレビ大分はNNN・NNS系列、FNN・FNS系列のクロスネット局 4. ^ UMKテレビ宮崎はFNN・FNS系列主体でNNN系列、ANN系列とのクロスネット局 5. ^ FNN・FNS系列のOTV沖縄テレビはNNN・NNS系列との提携関係あり
配信局
日本放送協会 (NHK)北海道・東北 関東 北陸・甲信越 中部 近畿 中国・四国 九州・沖縄 全国 過去の配信局
注釈
NHKラジオ第1(地域別配信)とNHK-FM(全国配信)は「radikoプレミアム(エリアフリー聴取)」「radikoタイムフリー(過去1週間以内の聴取)」の対象外。